白黒的絡繰機譚

誠の恋

誠の恋をするものは、みな一目で恋をする。
――そう言ったのは、狼子じゃなくてシェイクスピアだったが。

「入るぜ」

あの特徴的な頭を見たのは、別に今日が初めてって訳じゃあねぇ。ただこの距離で会うのも、話すのも初めてたってだけだ。

「ん? アンタこの前……バンドーランドにいなかったかい?」

仕事で仕方なく検事さんの部屋へお邪魔すると、そこには先客がいた。
この国のシキタリに従って「メイシコウカン」をしたところ、ツンツン尖った髪型に青いスーツを着た先客は、成歩堂龍一という名前の弁護士だそうだ。検事さんとはどうやら仲が良い様だな。
この検事さんが職務上敵である弁護士を部屋入れるって事は、そうなんだろうよ。

「バンドーランド? ああ、確かにこの前真宵ちゃんと春美ちゃんを連れて行ったっけ」

それがどうかしました?とツンツン頭は聞き返す。
検事さんの知り合いは、本人と違って人懐っこそうなのばかりの様だ。

「いや……。別にどうって訳じゃあねぇがな。ただ見かけた様な気がしたんでね」

こんなツンツン頭に目立つ青いスーツ……似た様な人間が何人もいるとは思えねぇ。

「ム……。成歩堂、あの日バンドーランドにいたのか」

あの日、というのは天野川コンツェルンの御曹司の誘拐から始まった事件があった日だ。
事件が起こった後もバンドーランドは通常営業をしていた。だからこの弁護士さんも恐らく事件なんざ知らずに満喫していたんだろう。

「うん、いたよ。帰ってニュース見たらあんな事が起こっていたなんて……。ビックリしたなあ」
「一般人に気取られぬよう捜査が進められていたからな……。知らぬのも、無理はない」

その会話を糸口に、検事さんと弁護士さんの会話は、先日の一連の事件へと発展していく。
俺も時々口を挟みながら――本当はこんなお喋りしてる場合じゃ無かった気もするが――の会話は、割と悪くない。俺もいつの間にかこの検事さんに気を許しちまったのか?

「……」

しかし、妙な気分だ。
じい、とその妙な気分の原因であるツンツン頭を見つめる。その頭以外は別に人目を引くとも思えねぇ、普通の男だ。
一緒にいる検事さんの方が――多少ムカつくし、センスもどうかとは思うが――人目を引く容姿をしている。
だが、これはどういう事だ?何故か俺の視線はツンツン頭に固定され、このお喋りを中断して、本来の用事を済ませる気にならない。
――いや、どういう事だなんて問うまでもねぇ。本当は分かってるさ。その理由は、一つしかねぇと俺の心が告げている。

「弁護士さん」

近寄って、その手を取る。

「はい?」
「いきなりだが……アンタが、欲しくなったぜ。……成歩堂龍一」

ちら、と見かけただけのその姿を覚えていたのは何故だ?
視線がそちらに固定されてしまうのは何故だ?
その答えは、俺の心がさっきから痛い程告げている。
――この男が、成歩堂龍一が欲しいのだと。

「み、ミスター・ロウ! 一体何を言い出す!?」
「おおっと、検事さんは黙っててくれねぇか。これは俺と弁護士さんの話だぜ、アンタは関係ない筈だ」

指を突き付けてそう言えば、検事さんはとりあえず口を噤む。つっても表情は不満タラタラ、って感じだけどな。

「狼、捜査官……?」

キョトン、とした困惑顔は、正直なところマヌケ顔だ。
だが、それすらも好ましく見える……だなんて言ったら、アンタは笑うかい?

「アンタが欲しいんだ。俺の伴侶として」
「なっ!? 何を言い出すんですか!? 僕も狼捜査官も男じゃないですか!」
「男同士? ……それがどうかしたって言うのかよ。確かに世間の風当たりは強いかもしれねぇ……。だけどそれ位で諦める様な事なら、俺は最初から口に出したりしないぜ?」

見つめ続ければ、困惑した様に視線を逸らす。

「狼子、曰く!“自信は魂なり。自信のない言葉、言霊にあらず”……絶対、アンタを手に入れてみせる。覚悟してくれよな?」

狼が狙った獲物を諦める筈がねぇ。
言った通り、俺には自信があるのさ。アンタを手に入れる、その自信が。
だから視線は逸らさねぇ、手だって離さねぇ。

「ちょ……!?」

流石にガブリ、といく訳にはいかねぇが……これくらいは許されるだろう?
掌にキス、なんて挨拶みたいなもんだぜ?弁護士さん。

「……ミスター・ロウ、ここは私の執務室だという事をお忘れだろうか」

『貴方は私の執務室に、口説きに来た訳ではないだろう?』
そんな無粋で不機嫌な声がするまで、俺は握ったその手を離さなかった。