バイバイ メランコリィ ミー
目標は高く、100万回……でも、それでも足りないだなんてな。背伸びをしても見上げる事には変わりは無いし、歳の差は努力でも埋まらない。
性格もかなり違うし、顔の造形の違いは本当にずるいと思う。
どれもこれも、生まれ持って受け継いだDNA配列が違うから仕方ない事ではあるけども、ハイそうですか、って諦められるほど僕はイイコじゃない。
だから、
「好きだ、橘」
口に出すのは何度目だろう?
もう数えるのも馬鹿馬鹿しくなった事だけは覚えてる。
「ああ、知ってる」
そう言って僕の頭を撫でてくる橘は、普段からは想像もできないほど優しい顔をしている。
……でも、返してはこないんだ。
「……なぁ、橘」
いたいけな少年を弄ぶのは大人の行動としてどうかと思うぞ?
弄ばれている奴が言う台詞じゃないのは分かっているけどな。
「……どうした?」
抱きしめてきた腕もとても優しい。
でも、僕は抱きしめられただけで満足できる赤ん坊とは違うんだ。
「……好きだ」
「大好き」
「好き」
陳腐な言葉じゃ幾ら言っても足りない。
でも、僕は橘と違って子供だから、その言葉しか知らない。
橘はどうせ、他にも知ってるんだろ?だから、きっと何も言わないんだろ?
「…………」
「なぁ、橘、聞いてるのか」
僕は何でも割り切って生きている大人じゃないんだ。
愛を与えてくれない、受け取ってくれない恋人は悲しくなるだけ。だから、いらない。けど、橘がいらない訳じゃない。矛盾?分かってるさ。
「ああ……聞いてる……」
聞いてるなら返してみろよ。
僕ばっかり不公平じゃないか。
……僕ばっかり、不安にさせるなよ。
「……?……真備、お前……、泣いてるのか……?」
そんなわけないだろうと言ってやりたいのに、目から流れていく液体は確実に橘のYシャツを濡らしていく。
「……っ、く……う……っ…ひ…」
止まらないそれは僕の気持ちを静めてはくれない。
流れて欲しいものを少しも流してもくれない。
でも、そんな意味のないことなのに僕は止まって欲しくないと思ってる。
「おい……真備……」
困ったような声、でも、力の込められる腕。
橘も、矛盾してる。
困るなら突き放してしまえば良いのに。それくらい朝飯前だろう。
「……っ……橘は、ばか…だ」
「……そうだな」
「僕、が……っ、どれ、だけ、言っ……ても、笑っ……てる、だけ、でっ」
「……そうだな」
「僕の……気持ち、なん……って、分かっ……て、ないんだろ……ぉ」
「…………」
橘を馬鹿だと言ったけれど、本当は僕の方がよっぽど馬鹿だ。
こんな事言っても苦しいだけなのは分かりきっているのにわざわざ訴える。流れる涙も大粒になるだけで、止まる気配なんて感じさせやしないんだから。
「真備」
名前を呼ばれたけど、顔は上げない。
見せられる顔じゃないし、何より見たくない。
「悪かった」
一体何が?
僕の望む意味じゃなきゃ、謝罪の言葉なんていらない。空しくなる。
「ずっと、聞こえないフリをしてた」
「ひ……っく……ぅ」
「俺に向けられた言葉じゃないから、と……馬鹿だろ?」
きつかった腕が少しずつ緩む
「でもな……本当は」
「たち……っ…ばな……?」
身体を離して、目線を合わせて、
「愛してる、真備」
そう言った橘は真剣そのもの。
「……っ……!」
今更、とか思うわりに、僕の腕はしっかり橘の背中に回っているし、顔はこれ以上ないって位赤くなってる。
涙は余計に溢れてくるし、心臓はありえないほど大きな音を細かく刻んでいく。
「真備」
そんな顔で僕を見るな。
「……橘なんて――」
吐き出そうとした言葉は苦いけれども嫌いじゃない香りにかき消された。
橘と始めてするキスが苦くて塩辛いなんてどうかとは思うけど、キス自体は嫌じゃない。
「泣くほど好き、か?」
「……やっぱり、橘は馬鹿だ」
こういう場合はただ黙ってもう1回キスすれば良いだろ。お得意な事だろそういうの。
100万回なんて到底言えないかもしれない。
でも言い足りないんだから仕方ない。
だから、憂鬱になっていた自分にさよなら言って、お互いに言い合うんだ。
そうしたらきっと100万回も夢じゃないだろう、橘?