白黒的絡繰機譚

全敗

「ビリーと待ち合わせ」

ついさっきマスターに言った言葉を、もう一度繰り返す。わざわざ部屋に呼んでくれたマスターの元を、待ち合わせがあるからなんてさっさと後にしちまったのは悪かったと正直思っている。だが、それでもこれだけは譲れなかった。約束したから?負け越してるから?いいや、違う。ただオレが――アイツに、ビリーに会いたいからだ。

「ビリー」

もし誰かとすれ違っても聞こえないように、蚊の鳴くような声でもう一度、名前を口にする。
こうやって、目の前にしなきゃいくらでも、どんな風にでも呼べるんだ。なのに――。

「やあ、遅かったね」
「……マスターにお呼ばれしてましてね」
「ありゃ、そうなんだ。だったらまた今度に」
「勝ち逃げはずるいですわ。今日こそ取り返しますよ」
「あはは、ロビンにできるかな」
「オタクこそ、油断してるとどうなるか分かりませんぜ?」

ビリー、そう呼ぼうとはしたんだが、呼べなかった。
……正直、今まで一度も呼んだことがない。面と向かうと、どうしてもたった3文字が口に出せなくなる。
理由はわかってる。分かりきってる。コイツのことを――好きだからだ。
マスターに「仲がいいんだね」なんて言われたが、そんなんじゃ足りない。それ以上になりたい。そう思って、この負けが勝ちに変わったら、踏み出そうと、そう思っているのに。勝つどころか、名前すら呼べやしない。とんだ意気地なし野郎だ。

「よし、じゃあ1戦め始めよっか?」

カードを切る手つきが綺麗だと思う。貼り付いてない、自然な顔で笑ってくれていると思う。それだけでもいいと思うのに、オレはそれ以上を望んでる。
馬鹿だ、大馬鹿野郎だ。名前も呼べないくせに。でも、今日こそは――。


「――ああ、くっそ!」
「あはは、残念」

結果は、今日もオレの負け。生きてる時ディーラーしてたらしいとは聞いてたが……それにしても強すぎねぇか?ぶっちゃけ、こっちも「そういうの」は得意な方だと自負しちゃいるんだが……。

「な、なあ、もう一回」
「ええー……それさっきも聞いたから駄目。というか、君負けすぎでしょ」
「ぐっ……」
「そうだ、折角だし罰ゲームでもしてもらおうかな」
「なっ……」
「別に変なことじゃないよ。とっても簡単……」

ぱらぱらとカードの山を漁って、1枚取り出すとこちらへ差し出した。

「僕の名前、呼んで?」

差し出されたのは、ハートのエース。ジョーカーなんかよりずっと強いそれは、きっと。

「ねぇ、ロビン」

きっと、オレの勘違いや思い上がりではない、筈だ。