白黒的絡繰機譚

結末は貴方にお任せ

2020/10/11発行 ビリー・ザ・キッドアンソロジー『21』寄稿作品 ビリーと李書文(アサシン)メイン

「明日のオーダー、変更になったんだ」

 律儀なマスターがわざわざ僕を探してそう言ったのは、そろそろ夕食かという時間だった。

「そっか。じゃあ明日はのんびりできるってことかな」
「いや、ビリーには出てもらうんだけど」

 おや、と片眉を上げる。てっきり変更で出番がなくなったからこそ告げに来たと思ったのだけど。

「多分初めて一緒に出てもらうと思うから、ちゃんと事前に言っとこうかなって」
「全くマスターは……。で、誰と組ませようって?」
「向かう場所や、予想エネミーデータに変更はないから、ビリーにアサシン二人なのも変わらないよ。片方は小太郎なのも変更なし。ただ、サバフェス前でもないのに修羅場が終わらなくて出撃できなくなったおっきーの代わりに、……書文先生に来てもらうことになったんだ」

 僕は、ほんの少しだけ遅れて「そうなんだ」と返事をした。多分きっと、いつも通りの顔で。
 李書文というサーヴァントは、カルデアに二基顕界している。複数顕界なんて別に珍しくもなんともなく、むしろ少ない部類になるのかもしれない。同一人物が何人もいるのが普通になっているのもどうかと思うけれど。そんな彼は、けれどとても珍しい存在だ。

「刑部姫の代わりってことは、アサシンの方かい?」

 マスターが頷く。

「それなら攻撃役は僕より、ランサーの方の彼にしたらいいんじゃない?」

 僕がそう言うと、マスターは少しだけ遠い目をした。

「俺も最初はそう思って、一緒に出る? って聞いたんだけどさ。それは止めておけって言われた」

 自分同士を避けるサーヴァントは多い。忘れたい、信じたくない自分の姿を見たくないと思うのは、当然のことなのだろう。

「敵を殺す前に殺し合いになるか、殺した後に殺し合いになるかするだろうから、役には立たんぞ……だってさ」
「ええ……。また過去の自分黒歴史とかそういう」
「書文先生達はエリちゃんズみたいな、嫌いあってるからとかじゃなくてさ、ただ単にどっちが強いか確かめたいらしいんだよね」

 それはある意味、同一存在に負の感情を持っているよりもたちが悪いんじゃないだろうか。いつかの自分を消したいのではなく、倒したいと思うなんて、僕には全く想像ができない。ある意味サーヴァントじゃないと、しかもこの複数召喚が可能なカルデアでしかできない、二度はない機会なのかもしれないけれども。

「とにかく、明日はそれで!」

 じゃあよろしく! と手を振ってマスターが僕の元を後にした。彼のこの良くも悪くもカラッとしているところは嫌いじゃない。でも、だからこそこんなチンケな思いなんて言えるもんかと思ってしまう。
 適当にベストやブーツを脱いで、ベッドで横になる。こういう時は、サーヴァントだって睡眠が必要だ。目を閉じて、暗闇を受け入れる。夢を見ないことを、初めて幸運だと思った。
 単発の、数時間しか滞在しないレイシフトでやることなんか、どれもそんなに大差はない。異常が観測された座標に降り立って、エネミーを狩る。大体こうだ。勿論今回も。

「ビリー殿! 頼みます!」

 先行する小太郎の声を受けて、砂と火薬の煙の向こうへ銃口を合わせる。巨大な影が煙を乗り越える前に倒れ伏していった。
 ――あの爺さん、おっかないな。
 煙が晴れて見えるのは、真っ赤な人型ひとつだけだ。小太郎の破壊工作が発動して、僕が眉間に一発食らわせる。それだけの間に血塗れの爺さんが誕生しているのだから、おっかない以外に言いようがない。

『一先ずお疲れ様ー。これで全部だ』

 朗らかな声で通信先のダ・ヴィンチが告げる。山のようにいた筈の武者の鎧がぶつかる音や、刀が空気を切るような音は一つもしない。

「……でも、帰還にはもう少しだけ時間を貰えるかな? 予定では戦闘終了より少し早く準備が完了する筈だったんだけどね」

 つまり予定よりこちらが早く済んでしまった、ということだ。別に大したことじゃないが、予想を上回れたというのはなんとなく鼻が高い。

「ダヴィンチちゃんにしては珍しいなあ。マシュだっているのに」

 マスターがそう言って笑うと、ダ・ヴィンチも誤魔化すようにウインクをした。どちらも表情と同じで、不穏や怒りを感じるようなところは微塵もない。

『す、すみません、先輩!』

 が、ダ・ヴィンチは兎も角、生真面目なマシュは頭を下げてしまう。

「こっちこそごめん。責めてるわけじゃなくて……」

 まあまあ、とダ・ヴィンチが制す。

『私もマシュも、ちゃんと分かってるさ。ともかく、帰還可能になったら知らせるよ。それまではゆっくりしててくれ。でも、この区画からは出ないでくれたまえよ』

 じゃあね、との声で通信が切れる。この間に小太郎と爺さんは戻ってきていた。二人にマスターが状況を説明する。

「主殿、如何されますか」
「区画から出るなってことだし、大人しくしてるのがいいかな。現地の人のいる場所も近くないしね、ここ」

 人里は遠く、旅人が行き交う路でもない。だからこそ、黒武者や大鬼の大群相手にこれでもかと破壊工作を駆使する作戦を実行できた。

「どうするにしても、少々移動した方がいいのではないか? この血の臭いでは、マスターも休まるまいて」

 爺さんが自分の肩を揉みながら見る方向には、黒武者と大鬼の死骸が山のように積み上がっている。人や獣とはまた違う、なんとも形容し難い混ざりすぎた生臭さが漂ってきた。戦闘中は気にしている場合ではなかったけれど、終わってしまえば中々にキツイ。

「風下に水場がありました。そちらに移動するのは如何でしょう」
「お、いいね。流石小太郎」

 マスターが褒めると、小太郎の半分隠れた顔が少し赤くなる。確か彼はティーンエージャーの肉体で顕界していると小耳に挟んだけれど、今のような反応はそれを裏付けてくれる。どこかの緑に「オタクも対して変わらんでしょ」と誂われたけれど、彼と僕は、違う。
 そんなことを思いつつ、二人の後を歩く。僕の後ろには爺さんがいる筈だ。恐ろしいほどに人がいる気配がしないが、流石に乾いてきただろうとはいえ、ひどい量だった血の臭いはするけれど。

「あちらです」
 小太郎が指差す先には、小川とまばらな木があった。その更に向こうには、森が広がっているようだ。

「おお、いい感じ! ちょっと喉も渇いたし……」

 手頃な石に座ったマスターが荷物を漁る。

「あれ、ない?」

 荷物をひっくり返しているが、目当てのものは見当たらない。彼が探しているのは、浄水剤だ。生身の人間が現地の生水を飲むなんて、馬鹿げた自殺行為にしかならない。勿論、彼にはマシュの加護のお陰で耐毒性があるけれど、それだって万能じゃない。

「主殿、簡便なものなら用意があります。お使いください。ですが、使用の上一度沸騰させたほうがより安全かと」
「忍者すごい……。ありがとう小太郎!」
「ですので、僕は薪になるものを拾ってきます。すぐに戻りますので、それまでどうか我慢を」
「僕も行こうか?」

 流石ニンジャは行動が早い。僕が腰を上げようとした時には、もう姿も見えなくなっていた。

「ありがた……いえ! 大丈夫です! ビリー殿はマスターの警護を頼みます」

 ……その筈なのに、瞬きの間に目の前に戻ってきてそう力説された。滅多にない圧に思わず頷く。

「う、うん、そっか。じゃあ頼むぜ」

 瞬く間に小太郎の姿が消えて、僕たち三人が残される。マスターが川に向かうので、なんとなく後ろをついて行く。もし足を滑らしたりしたらいけないからね、と心のなかで言い訳をしながら。
 ……実際は、あの爺さんと二人きりになったら落ち着かないな、と思ったからだ。

「ビリー、今日の戦闘どうだった?」

 水に手を浸したマスターが呟くように問う。

「そうだね、小太郎の破壊工作は勿論だけど、あの爺さんの……なんと言うか、狙えばいいところを作る力っていうのかな? それが凄かった」

 戦う機会はなかったから殆ど伝聞だけれど、若い方は血気盛んで自分が前に出ていくスタイルらしい。多分これは、クラスの違いよりも、年齢の方が大きく影響しているんじゃないだろうか。というか、全盛期が二つあるなんて詐欺みたいなもんだ。

「中国の武術はとにかくヤバいんだって、何人から聞いてたけど本当にそうだよね。若い方の書文先生と燕青でわかってたことだけど、こっちの書文先生はまた違うんだよなあ……」
「年の功ってやつじゃないの」

 僕が笑うと、マスターもそうかもねと笑い返してくれた。

「マスター……いや、なんでもないや」

 喉元まで来ていた言葉を飲み込む。こんなこと、聞いたってどうしようもない。
 ――時々、考えることがある。考えるだけで、願おうとは思わない、些細なことだ。
 もし、僕があの爺さんくらい生きていたら?

「――戻りました」

 声と同時、いや声より早く無から忍者が降ってくる。小脇に抱えた大量の枝は、不在の時間とは釣り合わない。

「小太郎おかえり! ……あれ、それって」

 マスターが小太郎の後ろを覗き込む。僕からは見えないけれど、何かあるんだろうか。

「つい……。それよりも湯を沸かしましょう」

 テキパキと動く小太郎の後ろには、もう何もない。忍者の収納術はいつだって謎に満ちている。恐らくそれについて話している二人を少し遠目に見ながら、僕が火の番をすることにした。

「やれやれ……魔性の血は落ちづらくていかんな」

 上半身裸の爺さんが戻ってきた。丸められた上着は、時折雫を零している。彼もどちらかと言うと小柄に分類される体格だけれど、僕とは大違いの鍛えられた、武術家の身体だ。年相応に落ちているけれど、あの破壊力や素早さは筋力だけのものじゃない。

「あ、あの! 書文殿、これで彫っては頂けないでしょうか……!」

 小太郎が頭を下げつつ、何かを爺さんへと差し出す。覗き込む僕には、只の老木としかわからない。

「ん、んん? ああ、マスターから借りに来る者が多いと聞いていたが……呵々、お主だったか」

 爺さんは合点がいったらしい。呵々と笑いながら老木を見聞している。

「しかもこれは……よくこの短時間に見つけたものだ」

 良いだろう、と爺さんが頷くと、小太郎の強張っていた身体から力が抜けていくのがありありと見て取れる。

「今すぐ彫ってもいいが、途中で切り上げねばならんだろうからな。しばし時間を貰うぞ?」
「いつまででも待ちます故! ……む、湯が沸いたようです。茶葉も勿論ありますので、皆様どうぞ」

 目をキラキラさせていた子供から一転、きびきびとした動作で人数分の茶を汲んでいく。僕も受け取ったそれは、思ったとおりグリーンティーだ。

「茶だけでは寂しかろう、ほれ」

 爺さんが何かを取り出して、マスターと小太郎の掌に載せる。二人の顔が少し明るくなったから、食べ物なんだろう。全く、ここだけ見るとただの爺さんと孫みたいだ。

「ぬしも、ほれ」

 ゆったりとこちらに歩いてきた爺さんが、僕に掌を突き出す。

「ぬしくらいの年齢はこういう甘味が好きであろう? 遠慮せずに食い、糧とせい」
「……一応、成人してるんだけどなあ」

 とは言っても、爺さんからすればどっこいどっこいだろう。差し出されたそれを受け取って、包み紙を剥ぐ。小さな、まるで飾り物のような饅頭らしきものが顔を出す。

「月餅という」

 ふうん、と生返事をしてそれを齧る。うん、うまい。とにかく甘いところが特にいい。

「お主も欲しくはないか?」

 てっきりマスターの方へと戻ると思っていた爺さんは、何故か僕の隣に腰を下ろしてそう聞いてくる。月餅はもう貰ったし、一体何のことだろうと瞬きをすると、爺さんは傍らの老木をコン、と叩いた。

「木剣だ。これなら二本作るのも余裕だろうて」
「……いやいや、僕はいいよ」

 ようやく小太郎の態度に合点がいく。降って湧いたチャンスを逃せなかったけれど、同行者がいる前でウキウキ探すのはなんだか気恥ずかしかったんだろう。サーヴァントの精神が肉体年齢に引っ張られるのは本当なんだとしみじみ思う。

「そうか。……いや、そうだな。すまぬ、ぬしには不要で当然か」
「いや、僕はこの見た目だしね? 別に謝るほどのことじゃないさ」

 軽く流されて終わると思った会話は、想像した以上に爺さんがすまなさそうにしたので驚いた。別に通り名どおりの扱いには、慣れたくないけれど慣れている。

「儂とて人の子。冒険活劇の主役と肩を並べるのは、……死合うのとはまた別の高揚があるというものよ」

 だから、つい要らぬ申し出をしてしまったのだと爺さんは言う。

「僕は、ただ好きに生きただけの……」

 大切な人のためにただがむしゃらに走って、撃って、それで終わり。らしく生きて死んだと言われているだけの、ただの子供。ビリー・ザ・キッドはダイムノベルの主役でも、僕自身は只の悪童だ。

「そうか。そうさの。儂らは預かり知らぬ間に英雄と呼ばれるようになった」

 そうして淡々と、まるで他人事のように爺さんが若い頃――ランサーの彼の時分くらいに起こしたことを語り始める。それは僕が思っていたよりもずっと――合間合間に顔をしかめたくなるくらいには――血生臭くて、とにかく英雄らしくない。いや、多少知ってはいたけれど。

「それがここまで落ち着くんだから、人間変わるもんって言うか、ねえ」
「そう見えるか?」

 こくり、と頷く。だから僕は考えてしまう。僕みたいなのも、これくらい生きていられたら、と。

「落ち着いていれば、若い己と死合おうなぞ考えぬぞ! 呵々、ぬしは思いの外……只の爺を買い被っておるな」
「……そういやそうだ」

 そうだ、どんなに後世で持て囃されようと、胸躍るキネマになろうとも、実際は呆気なくて虚しいものだ。僕たちは、それを知っている。

「なんだか、爺さんだからってちょっと背筋伸ばしすぎたかな。僕より好きに生きてるぜ」
「ほう、奇遇だな。儂も悪漢王と名高い割には真面目だと思い始めたところだ」

 あと一口の月餅と茶を喉に流し込む。

「そうだ、勝負してみない? 僕が撃鉄を上げれたら勝ち、その前に踏み込まれたら負け」

 帽子の下から、覗き込むようにして笑う。なんてったって、僕は悪童だ。

「願ってもない。伝説の早撃ちと儂の活歩、どちらが速いのか……呵々、勿論本当に撃たぬよう気をつけるつもりだが、油断するなよ?」

 爛々と燃える目が僕を見下ろす。

「そっちこそ、弾丸掴めるだろ? 頑張って」

 立ち上がって、反対方向へ数歩ずつ進んで振り返る。視界の端に、慌てた様子のマスターが見えた。

「用意はいい?」
「勿論」

 一呼吸置いて、目を合わせる。――なんだ、僕と彼は、何もかも違うのに、何も変わらない。

「さあ」
「いざ」

 たった一発、たった一瞬の勝負をしよう。僕たちがもっと互いを知る第一歩だ。



『おまたせー! やっと準備が……って、私達が頑張ってる間に何があっただろ? 楽しそうにしちゃってさ。全く、帰ったら全部聞かせてくれよ?』