合格点はまだ遠い
「おいしい!これ、すっごくおいしいよ!」マスターの部屋から失礼してやって来た食堂。入って聞こえたのはそんな弾んだ声で。
声の主はオレがわざわざここにやって来た理由のアイツ――ビリーだ。カウンター近くの席で何かを食べている。ニコニコした笑みを向けられているのは、……うげっ、赤いアイツだ。
「ニホンの料理ってもっと薄味だと思ってたよ」
「勿論そういう素材の味を楽しむものもあるが……君にはこちらの方が合うだろう?」
「うん、甘辛くておいしい。いいね、テリヤキ?だっけ」
遠目からでも分かる。アイツが本当に、本心から褒めて、美味いと思っているのが。
正直、ビリーはその辺にあまり頓着がないと思っていた。アイツのコーヒー、見たことあるか?ありゃちょっとした兵器だろ。エネルギー摂取のみを優先したような、コーヒーと呼ぶのもはばかられるような、謎のギリギリ液体状の何か。それを眉一つ動かさずに飲むってんだから、なあ?
それがどうだ。あんなガキみたいな顔して、笑って、がっついて。
……そんな顔、オレの前じゃしたことないくせに。
「くそっ」
ついしちまった舌打ちは、一体誰に、何に向けたものなのか。
寂しいな、と思う。
こんな感情は久しぶり……いや、初めてかもしれないな。あんまり生きていた頃には感じていなかったと思う。
ただちょっと、一人で食事をしたり、部屋にいることが多くなっただけなのに。それって随分、普通のことじゃないかって?僕もそう思う。でも、そうじゃないことにちょっと、慣れてしまっていたから余計に落差についていけないんだろう。
「浮かない顔だね、大丈夫?」
「心配ないよ」
食堂で対応してくれたブーディカに無理やり笑って、その向こうを見る。君――ロビンが、黙々と料理をしているのが見える。ちょっと挙動不審っぽいのは、僕の気のせいかな。やけにエミヤの方を見てる。
ちょっと前まで「別にオレみたいな素人が手伝わなくたって大丈夫でしょ」とか言ってたくせに、どうしたんだろうね。ま、根はお人好しだし、あまりに忙しそうなのを見てられなくなった……って可能性もあるけど。
それだけなら、まだ良かったんだけど。
「今日はどうする?あ、テリヤキチキン、まだ残ってるよ」
「本当かい?じゃあそれにしようかな」
僕のオーダーが通って、それを調理するのはエミヤ……なんだけど、ロビンがあからさまに怖い顔をしてエミヤを見てる。元々あんまり仲が良くない(と本人は言う)のは知ってるけど、どうしてここでそうなるかな。ま、喧嘩にまで発展しないからいいかな。
「待たせたな」
エミヤが運んできたチキンを受け取って、席について。隣に君がいないのが、やっぱり寂しいな。
食堂から人が消えても、君は最近図書館にこもりっぱなしだし。そうじゃなくてもやっぱり厨房の奥で。どうしたの、なんて聞きたいけど聞けない雰囲気が出てるから、僕は今日も一人でチキンに齧り付いている。
「おいしい」
美味しいんだ。美味しいけど、君と食べたいよ、ロビン。
……そう言えたら、いいのに。
ああ、今日もビリーはアイツの作った和食を食べている。まだオレはアイツみたいな味を出せないから、オーダーを奪い取ることなんてできなくて。とにかく知識は頭に叩き込んだから、あとは技だ。アイツの動きを盗み見てはいるが、まだ分からない部分が多い。
ビリー、ビリー、アイツじゃなくてオレの作ったもので笑ってくれよ。
……そう言えたら、いいんだが。