甘い慣れた匂いがする
現パロ・オメガバース(α×Ω)
『薬飲んだばっかりだからまだ帰ってこないで』
そんなメッセージ通知を見て、スマホを鞄に戻す。もう家は目の前だってのに、また駅の方まで戻るしかない。本屋でも適当にふらついて時間潰すか。一時間ってのは微妙に持て余す長さだ。
世界は相当に面倒で、オレはその面倒の原因の一つであるα性なんてのを持って生まれてきた。優秀だなんだと言われてるらしいが、オレ自身としてはそんなことはこれっぽっちもない凡人なもんで、基本的にはβってことで通してる。特に疑われたこともない。
で、オレの同居人はΩだ。女の平均程度の身長しかない、いかにもΩですって男と住んでる。ああ、勿論番にはなってる。なってないのにαとΩが一緒に暮らすとか流石に拷問だと思うぜお互いに。
……正直な所、本当は番なんか持つつもりはなかったんだ。βってことで一生通そうと思ってたしな。でもアイツの顔見てたらなんか、なあ。フェロモンにやられた訳でもなく、そうするかって思っちまって。あっちもあっちで「いいよ」なんて言うもんで。元々ダチとしては上手くやってたから、その延長線上って感じで、今に至る。
「……お、新刊出てんのか」
到着した本屋をうろついてて、アイツが集めてた漫画の新刊を見つけて手に取る。本日発売、なんてPOPがついてたから、ちょうど良かった。どうせアイツは、数日間外出なんてしねぇだろうし、暇つぶしにもいいだろ。
抑制剤ってのは、無理やり抑え込むための薬だからな。眠気やらだるさやら、それなりに副作用が出てしまう。それでも、番がいないより飲む頻度が減ってんだからマシなのかね。
適当に雑誌の棚で立ち読みして、時計を見る。もうそろそろ大丈夫か。会計して、やっと家に向かう。
「帰ったぞー。……ってやっぱりか」
帰って寝室を覗くと、布団がこんもりと膨らんでいた。薬飲むと大体寝るんだよなコイツ。
気がついてすぐ飲んだんだろうが、部屋の空気は少し甘い。今はもう、オレにしか感じ取れない匂いだ。
近づくと、もぞりと膨らみが動く。起きたかと思って布団を剥ぐ。
「……」
ガキみたいに身体を丸めた同居人――ビリーは、まだ寝ていた。それだけなら別にいいんだが、布団の中に色々ごちゃごちゃと引き込んでいた。具体的に言うとオレの服。朝脱いだはずのスウェット抱えて、毛布のように普段よく着てるジャケットかけて。それ以外にも適当にタンスの上から引っ張り出しただろうシャツやらなんやら色々。だからやけに布団が膨らんでたのか。いや、なんでそんなことしてんだコイツ。しかもなんか快眠中ですみたいな顔してるしな。なんだこれ。
「……おい、起きろ」
「んぅ……」
「起きろ、ビリー」
肩を揺する。多分そんな深く寝てる訳じゃないから、すぐ起きるはずだ。
「……ぁ、なに……」
ゆったり目を開けたビリーがオレを見る。
「何はこっちの台詞だっての。何やってんだオタク」
「んー……? あー……これ……?」
もぞもぞと服の山から起き上がると、抱き込んだままのスウェットに頬ずりする。
……いや、アンタそういうキャラじゃないだろ。
「それだよ。何やってんだ」
「んー、なんか……こう……Ωはわりとやるらしいよ……?」
起きたばっかりなので口調が間延びしている。やってることと合わせてほんとガキみたいだぞ。
「んな傍迷惑なことやるのかよ」
「なんか落ち着くんだよね……。君の匂い……」
「……そういう趣味が」
「ない」
「ないならやるな」
「でもこの時期はなんか……寝にくいから……。やると寝やすくて……」
「……あー、だから薬飲んでるからって布団入ってきてたのか」
「うん」
すり、とビリーがオレの肩に頬を寄せる。甘い匂いがした。
「オタクほんと薬飲んだんだよな」
「え? うん、勿論」
「匂いするんだが。効いてんのか?」
「効いてると思うけどなぁ。僕の身体は楽だし……あ」
見上げてくる目が、溶けている。寝起きじゃなく、これは。
「これ……巣作っちゃったからそういう気になっちゃった?」
ああ、この服の山は巣か。すとん、と落ちるように納得する。
「いや、オタクそういう気ないでしょ。元々そういう話……」
番にはなるが、基本的には今まで通りで。
そういう話だった。それで上手くやってきた、筈だった。
「まあね。Ωだからってそういう扱いはされたくないっていう気持ちは勿論あるよ。でも、最初のときと一緒で、君ならいいかなぁって」
「……アンタって時々スゲーこと言いますね」
「そう?」
「そうですよ。αなんてΩ以上にケダモノの碌でもない奴なんですよ。そんなこと言うと……」
「本気にするからやめろって?」
「そういうこと」
「あはは。情けない顔してる。ま、君に任せるよ。はい、これ」
手渡されたのは、抑制剤のケース。まだ中身が残っている。
「好きにしていいよ」
そう言って甘く笑うので、
「後悔すんなよ」
オレはそれをゴミ箱に投げ捨てた。