白に紫の香り
「邪魔をするよ」「……なんだ、お前か」
溜息を吐いた口は不機嫌そうにひん曲がっているが、その前に一瞬目が輝いていたのを見ていた。
彼のその様が見たくて、わざわざ望まれる患者でもないのに医務室の扉をくぐるのかもしれない。勿論、本業の邪魔にならないよう、少々強引な看護師に診療中でないことを確認してからだが。
「面白くないことに今は患者がいない。……まあ、その辺にでも座っておけ」
「へっへ、ありがたいね。……ん?」
白い袖が指し示した方にある椅子に腰掛ける。その、腕を動かすという単純で僅かなことで部屋の中の空気が動いた。
特有の薬品の匂いに一瞬だけ、なにかが混ざったのを感じた。刺激臭ではなく、かといって芳香でもない。
「どうした、テル」
「いや……」
どうにも引っかかる匂いに、なんとなく落ち着かない。
この年若い見た目のお医者様は、己の聖域たるこの診療室に無駄なものは持ち込まない。それは物だけではなく、匂いも同様だ。
「今日は繁盛したのかね」
「忌々しいと言うべきか、喜ばしいと言うべきか……午前中に子供が来たくらいで閑古鳥が泣いている」
大げさに肩をすくめる動作をする。また、ほんの少し何かが匂った。
不快なわけじゃない。ただ、なんだったかが分からない。なんだか、慣れている気がするんだが。
「……さっきから何を気にしてる?お前は、僕に会いに来たんだろう」
「いや……大したことじゃないんだが、お前さんからなんだかいつもと違う匂いがする気がしてなあ」
「匂い?……ああ、なんだ」
はん、と鼻で笑われる。
「お前がつけた匂いじゃないか」
――ああ、そうだ。これは煙草の匂いだ。