白黒的絡繰機譚

吐息のかかる距離

最初のそれは、思い返すと酷く苦い味がする。とにかく不格好で、形だけでも年上の優位なんて何もなかった。勿論、今生で意味のないものだと知っていたけれど。
仮初の身体、仮初めの精神。理解している、どうしようもなく。けれど、いや、だからこそだろうか。

「僕はこういうところが、ずっと見たかった」

これは酷いね、と言った私への返事がこうだ。そういうのはずるいなあと思った。思う余裕なんてなかったはずなのに。

「――斎藤君」

今、私は最初のそれと同じように君の袖を引いた。生娘じゃあるまいし、と自分でも思う。そもそも、これは大勢の中でひそりとやるような仕草だ。今ここには私と君の二人しかいない。触れねば分からないような夜闇の中ではない。こんな風にする必要は、恐らくない。酒を飲むでもなく、話題があるわけでもない。なのに同じ部屋で、近しい距離にいる。その理由を、私と君は言葉にしなくとも理解している、きっと。

「どうしました」

けれど、君は私がこうすると微笑むのだ。人好きのする、でも人には見せないような顔で。

「……その」
「うん」

言い淀む私に、君は意味のある言葉を返さない。こういうところが変に上手いのだ、彼は。言わせると、私があまり上手くないだけなのだろうけれど。

「……触れてもいいかな」
「そりゃ勿論、大歓迎です」

どうぞ、とばかりに君が私の横に腰掛ける。このベッドが軋む音は、衣擦れよりもよっぽど生々しいと、私は思う。
そろりと伸ばした両手は君の頬を包めず不格好だ。少し持ち上げた上半身もきっと同じだろう。君は、どのような気持ちでそんな不格好な私を見ているのだろう。分からない、少なくとも、今は。

「山南さん」
「うん」

促しと覚悟と。君のようにこんな短い言葉を駆け引きには使えない。裏も表もない、それだけの言葉でしかない。
口づけ、口吸い。他の国の言葉も、知識だけは大量に。それだけの行為だ、それだけの行動だ。
けれどそれが、私と君を幸福にする。最初から変わらず不格好な、それが、どうしようもなく。