白黒的絡繰機譚

変わらぬ優しい人

その優しい人は、僕を見て一瞬知らない表情をした。

「山南先生?」
「あ……ああ、その声。その目。斎藤君か」

硝子の向こうで見開いた目が、見覚えのある柔らかな形に変わる。そうだ、こんな着物を身につけるようになったのは、この人が死んでからずっとずっと後だった。更に言えば斎藤君でもなかった。こんな、そう英霊なんてものとされてサーヴァントの仮初めの肉体じゃないと成立しない、随分なものだ。

「驚きました? いやあ、僕も召喚されるとしたらやっぱりあの格好だと思ったんですけどね」

大げさに肩を竦めてみせる。その仕草が一体どう受け取られたかは分からないが、ほんの少し口元が緩んだのを見た。

「そういうこともあるさ。しかし君は……伸ばすとうねる質だったんだねえ」

ばっさり短くなった髪は、伸びれば伸びるほど手に負えなくなるとは思えない。

「みたいですね。あの頃あんなに雨の度に困ったってのに、切ったらこれですよ」

この人は僕と真逆で、いつだってしっとりと、まとまった髪をしていた。今だってそう、ちっとも変わらない。いや、変わるわけがない。己のように侍のいなくなった世の姿は、この人にはない。

「私にどうにかしてくれと言ってきたこともあったね」
「ありましたっけ……あったかもしれねえなあ……。先生、そういうの覚えてなくていいんですよ」

まるで子供みたいなことをしたかもしれない過去の己にそっと毒づく。一回りも年下だからといって、その特権を使うなと。まさか死後にそれを持ち出されて居心地が悪くなるだなんて、そりゃ思い当たるわけがないのだけれど。
けれど、あの頃はそれくらいしかこの人に触れる方法が思いつかなかったんだろう。今だって、多分、そうだ。三つ子の魂なんとやら、サーヴァントがそういう存在だからか、それとも斎藤一という男がそうなのかは分からないけれど。

「……山南先生」
「なんだい?」
「今はこれですけど、またあの羽織を着たら、髪を」

そっと、横目で見る。正面から見れないのがなんとも情けない。

「いいよ」

半分だけで十分魅力的なその笑顔に、息を吐く。
一度死んでも、この人のことを。