白黒的絡繰機譚

大人の強がり

「まさかお前も愚患者だったとは……」

思わず大げさな溜息を吐く。目の前の男は気まずそうに目を逸らした。ならば僕に従えばいいのに、どうしてそれをしないのだろうか。

「まだ患者じゃない」

確かにこの男は健康体だ。身体機能はサーヴァントということを差し引いても年齢水準を大きく上回り、喫煙以外に悪習慣もない。だが、それとこれとはまた別問題だ。一歩踏み出し、用意した注射器を構える。

「予防だろうと、治療だろうと、僕の施術を受けるのならば全員患者だ。僕に従え、さあ」

――今回こいつらがレイシフトに赴く地は、新たな場所ではない。僕もその土地のデータを持っているし、解析している。だから、これを作った。風土に適応し、耐性を得て、それでいて体組織を病理サンプルにすることも出来る渾身の作だ。それをメンバーに投与して回っていたわけだが……最後の一人になって、だ。ああ、腹が立つ!

「そりゃ、飲み薬ってわけにゃいかないのかね」
「は?それなら早くそう言え!効果の発揮に要する時間が違うんだぞ! これだから愚患者は!」

必死に脳内でこの液体と同様の効能で経口摂取可能にするレシピを組み立てる。その組み上がる中でふと、気がついた。

「……お前もしかして、注射が苦手なのか?」

また目を逸らされる。沈黙を守ろうと、それは答えているのと同じだろう。

「呆れちまったか?大の大人が……」
「大人だろうと子供だろうと、無理な治療方法があるなら代替療法に切り替えるに決っているだろう?だから問診票はちゃんと書けというのに……!」

問診票に投薬法についての記述はさせていない。これからまた、全員に書き直させるのか。あれだけ時間と労力がかかったのに。二度手間を取らせて、これだから患者というものは!

「すまんな。本当に迷惑をかけた。だが……お前さん相手にそういう見栄を張りたかったんだってのは、分かってくれ」

その声色と表情に、僕は「次はないぞ」と顔を逸すしかなかった。