白黒的絡繰機譚

どう見たってそうでしょ

現パロ。女装要素有り。

「映画行こ!」

そう叫びながらベッドでぐだぐだしてたオレの上にダイブしてきたのは、2軒隣に住むビリーだった。

「……おま、え、なあ」

幸い変な所にダメージはなかったものの、勢いだけはあるダイブは辛い。例え相手が女程度の体格だとしても。
――6歳年下のビリーは、もう成人だってのに女の平均より小さい。確か中学上がるまではチビってほどでもなかったんだが、高校に入るか入らないかくらいで成長が止まっていた。
「そのうちロビンを抜くからね!」なんて言っていた10年前を思うと、なんとも言えない気持ちになる。ま、本人は覚えちゃいないだろうが。
そんなビリーは、高校に入ってからその体格をある意味有効活用するようになった。

「ねー、どうせ暇でしょ」
「どうせ、ってなんだよ」
「だってロビンが休みに予定入れてるの見たことないし」
「オレだって予定くらいあるっての」
「で、明日は」
「……ない」
「やっぱり。じゃ、映画行こ」
「明日は水曜じゃないが、いいのか?」

水曜。映画館はレディースデイをやってる日だ。
野郎二人にそれが何の関係があるのかって?大アリなんだわこれが。

「え、いいよ。水曜だとロビン無理でしょ。平日だし普通の値段だし」
「まあそうなんだが……」

普通、レディースデイに野郎二人で行っても、正規の値段を取られるだけだ。ビリーはまだ大学生だから少し安いが、それでも女にゃ負ける、んだが……。
コイツは、自分の体格とそれなりに整った顔を利用して女の料金でイケるところは利用する、という技を覚えてしまっている。普段からサイズがないから、女物の服着てるしな。と言っても、なんだか最近はやってるらしい男の娘?ってのじゃあない、多分。スカートははかないしな。ぱっと見でどっちか迷う程度だ。が、隣にオレがいるとどうだ。周りからは普通の男女カップルに見える……らしい。らしい、と言うのはオレにはさっぱりそれが分からないからだ。女物着てたってコイツは男だろ……。

「今回はさ、二人で見ると安いんだ。だから一緒に行こ」
「学校のやつ誘っていけよ。オレじゃなくて」
「ええー……。ロビンだから誘ってるんだよ。それに、ほら、これ。こういうの好きでしょ」
「あー……」

スマホで見せてきたのは、そこそこCMを打ってた記憶のあるアクション映画だ。確かに嫌いじゃあない。

「どうせ一人じゃ見に行こうなんて思わないだろ?ね、お願い」
「……」

未だオレの上にいるビリーを見上げる。ちょっと眉を下げた、困ったような表情。
……昔っから、コレに弱いんだよな。コイツは分かってやってるのかね。オレは自覚があるが……、ま、あっても毎回負けるんだから、意味はないか。

「仕方ねえなあ」
「やった!」





――んで、翌日。

「アンタまたそういう恰好を……」
「似合ってる?」
「……まあ、それなりに?」

オレを叩き起こしたビリーは、案の定女物を着ていた。つってもなんかふわふわしてたりする訳じゃなく、ボーイッシュ?って感じの恰好だ。大学の時こういう格好した女はいたな、と思い出す。

「反応薄いなぁ。おじさんはよく似合ってるって言ってくれたよ」
「あの人は何着ててもそう言うだろ。つーか、それが女物だってこと分かってんのかねぇ……」
「どうだろう?あ、ロビンこれね」

勝手にオレの箪笥から服を取り出して投げてくる。へいへい、と適当に返事をしてそれに着替えた。
ビリー曰くオレは「センスがないと言うより興味がなさすぎ」とのことなので、コーディネイトには逆らわないようにしている。言うとおりそこまで興味ないしな。ブランドとかさっぱり分かりませんわ。

「ホント勿体無いよなぁ。なんだって着れるのに」
「……」

似合う服と着たい服ってのは、うまく合致しないんだろう。オレにはよく分からないが、コイツを見てるとそう思う。
無性にそうしたくなって、ガキの頃みたいにビリーの頭をわしわしと撫でた。

「ちょ、なに、いきなり。崩れる」
「メシ、食ってくんだろ。さっさと行くぞ」
「うん?」

何が何だか分からない、という顔のビリーの手を引いて一階へ向かう。コーヒーとパンの焼ける香りがした。



――さて、親父の車を拝借して向かったのは、ショッピングモール。何でもかんでも店をぶち込みましたみたいなアレだ。勿論映画館もある。立駐に停めて、さくさく歩いて映画館へ向かう。やっぱ土日は人が多いわ。チケットも並ばなくちゃいけねぇのかと思ったが、ネットでちゃんと予約してたらしい。

「そういや幾らだ?」
「二人で2500円」
「中途半端な値段だな」
「まあ割るとそうなるね」
「どうせ飲み物も買うし、オレが先出すから後で返せよ」
「はーい」

発券機に札を入れる。代わりに出てきたチケットをビリーが手に取った。
……ん?

「1枚?」
「そりゃ2人用のだから」
「あー、そういう割引か」
「そうそう」

何か引っかかるが、そのまま長く伸びる行列に進む。子供も多いが、カップルも多いな。まあ休みなんてそんなもんか。客が多いのか手際が悪いのか、中々前には進まない。

「僕コーラ」
「分かってるよ」
「ポップコーン何にする?」
「お前よく食えるな……」
「映画って言ったらポップコーンでしょ。ロビンいらないの?」
「あー……分かったよ」

100分超えなら途中で腹も多少減るか、という考えと、横から刺さる視線に耐えきれず、買うと宣言する。そうするとやった!と腕にしがみつくので急いではがした。外で何やってんだお前は。
やっと列が動いて、カウンターに辿り着く。オレは得意じゃないが、どうせコイツが食うだろうと、ポップコーンはハーフ&ハーフにしといてやった。
また人をかき分けて、丁度入場が始まったのでそのままゲートへ向かう。

「ごゆっくりどうぞ」

ゲートの学生バイトがビリーが差し出したチケットを、一瞬珍しそうに見た後そう声をかけてきた。

「なんか変な反応だったな」
「ま、あんまりいないんだろうね、これ」
「……?」

またしても引っかかる。何なんだ……?

「おい、ちょっと待て。この席なんだ」

中入って、ビリーが座った場所を見下ろす。
他の席と違うそこは、確かに2人用ではある。真ん中に肘置きもない。それだけならいい。が、何故かクッションが備え付けてある。……ハートの。

「え、知らない?カップルシート」

そのハートのクッションを抱きしめながら、ビリーがオレを見上げた。

「カップル……。お前……わざと黙ってたな……」
「だって言ったら来てくれないだろ」
「当たり前だろうが」

何が悲しくて野郎2人でこんな席にだな……。

「大丈夫大丈夫、ちゃんとカップルに見えてるから」
「そういう問題じゃねぇだろ」
「もー、早く座らないと。他の人にも迷惑だし」
「……くそっ」

確かにこんなとこで言い合いしてると相当迷惑だ。
観念してビリーの隣に座る。密着するほど狭くはない。が、何故かビリーはオレにぴったりとくっついた。

「お前……何も反省してないな」
「だまし討ちみたいになったのは悪かったと思ってるよ」
「本当かねぇ……」
「ほんとほんと」
「ポップコーン食いながら言われても信用できねぇわ」
「酷いなぁ」

ぼりぼりとポップコーンを食ってるのを横目に、オレはだらしなく身体を伸ばす。名称はともかく、座り心地はいい。腕を伸ばして、コーラを取って一口。

「あ、それ僕の」
「……げぼっ」

やらかした。いや、今更これくらいでどうこうもないけどな。ガキの頃からの付き合いだし……。
返すわけにもいかないので、そのまま自分の肘掛けに置いた。

「あ、始まる」
「やっとか……」

始まった広告映像に、やっと一息つく。横の体温は、まだしっかりと感じられるままだ。





――約120分の映画は、正直面白かった。でかいスクリーン押さえてるだけあるわ。
難点を挙げるとすれば、横のビリーがずっと密着してたことだろうか。家で見てるわけじゃねぇんだぞ。

「来てよかったでしょ」
「まー、そうっすね」
「これは相当良かったみたいだ。やったね」
「はいはい」

映画館を抜けて、適当に歩く。メシ時ってとこか。

「お昼食べよ。ほら、半券持ってけばサービスしてくれるとこあるし……」
「今の時間行くとどこも混んでるだろ。フードコートでよくないか」
「え、やだ」
「やだってお前……」

ビリーが立ち止まる。道の真ん中でそういうことするんじゃない。手を引いて端に寄った。

「別になんだっていいだろ」
「よくない。……折角ロビンと来てるのに」
「はあ?」

オレと一緒なら余計フードコートでよくないか?

「ロビンって鈍いよね」
「何だよ、はっきり言え」
「嫌だね。ちょっと考えれば、分かるでしょ」

ちょっと考えれば、か。オレもな、一つの答えがチラチラしてはいるんだ。いるんだが、これは流石に、なあ?
でも、そうお膳立てしてきたのはあっちで、オレはなんだかんだでそれを拒絶しなかったわけで――。

「……なあ、馬鹿なこと聞くが、これって――」

デートなのか?

「今気づいたの?」

だからちゃんとレストランに行こうよ。
その言葉に、オレはやはり頷くことしか出来なかった。