白黒的絡繰機譚

スキンシップLv2

詳細は省くけど、この度無貌の王と喧嘩した。
……いや、喧嘩したは正しくないか。僕が一方的に避けてるだけ。だって、どんな顔すればいいのか分からないんだ。そういう時は笑っておけばいいのはずっと昔から知っているのに、それができない。無理に笑わなくてもいい関係になってるけど、僕はそれ以外のやり過ごし方を知らないんだ。

「はぁ」

溜息、今日だけで何回したかな。リロード数回分になってるのは確実だ。
数日前のことを、ずっと反芻しては溜息を吐いてる。出歩く気分にも、食事をする気にもならなくて、殆ど引きこもりみたいな状態だ。
手袋を外した指で、唇をなぞる。キスをした。勿論、ロビンと。頬にされただけで僕のキャパシティは限界だったのに、その……あんな、ねちっこいのを、いきなり。
いや、別に僕はキスが初めてじゃないよ?生前普通にしてました、女の子と。でもそれは、なんというか身も蓋もない言い方をすれば通過地点、作法の一つとしてやってただけだ。目的はその先だった訳だし……。
ロビンは驚いていたけど、僕の短くて硝煙臭い人生で正しいオツキアイなんてする暇があった訳ないじゃないか。だからその、知っていて行動に経験があっても、精神がついていけない。
ついていけないから、やってしまったのだ。ねちっこいキスをされてやっと開放された後、ぐらんぐらん揺れる頭で満足そうにしてるロビンの顎に向かって、得意のスキルで抜いた愛銃のグリップを、こう、ガンっと。更にそのまま逃げた。
……もうさ、自分で自分を撃ち抜きたいよね。一応ごめんとは言った。言ったけど、それじゃ駄目でしょ。でも一度逃げてしまったらもう、どうしていいか分からなくて。そのまま時間だけが……。

「ビリー」

声が聞こえて、びくり、と身体が跳ねる。こわごわ振り返ると、そこにいたのは。

「あ、ああ、マスター。どうしたの?」

入ってきたのはマスターだった。よかった、ロビンじゃない。

「ビリーこそ。全然見かけないからどうしたのかなって」
「や、ちょっと銃のメンテとか色々夢中になってたみたいで……。ごめんね、マスターに心配かけるなんてサーヴァントとしての自覚が足りなかった」
「いいよ、気にしないで。元気ならいいんだ」

マスターは本当にいい人だ。こうやって一人ひとりに気を配ってくれる。それどころじゃないだろうに。

「今日のご飯は食べにおいでよ」
「うん、そうするよ」
「じゃあ、俺はこれで」

マスターはそう言って、あっさりと去っていった。本当に心配してくれたんだな。

「――ビリー」
「ひっ?!」

声がした、間近で。
僕が驚いた瞬間、何もなかった場所に、見たくなかった緑色が現れる。本当に、君の宝具って反則だ。

「ロビン……」

怒っているのかな。怒っているよな。当然だ。

「あー……最初に言っておきますけどね、怒ってねーから」
「え」
「オタクが慣れてないの分かっててやらかしたのはこっちですからねぇ」
「……」

こわごわ目を合わせる。嘘は言っていないように見えた。
なんだよ、僕一人で、もう。このままじゃ、僕は正しく子供、キッドだ。

「でも、痛かったでしょ」
「まあそれなりに?っても収穫のほうがデカかったからなぁ」
「それでも、僕が一方的に悪かった、から」

一歩踏み出す。正面切って一発勝負の決闘をする時よりも、ずっと重たい一歩だ。でもここでするのは銃の早撃ちなんかじゃなくて、眉間どころか全身蜂の巣にされそうな速度で君の身体に。

「……こ、れで、許して」

ただ、ぎゅっと、抱きついた。
身体が熱い。密着するのは、初めてじゃないのに。ほら、アメリカでレジスタンス活動してたときとかさ、ひっついて仮眠するなんて普通だったし。それと距離は同じ筈なのに、なんで、どうしてこんなに身体が熱くなるんだろう。本当は理由なんて分かりきってる。あの時とは気持ちが、立場が違うから。それだけ、でも、そんなに違う。

「……はっ。はは、オタクねぇ……っく、はは」
「わ、笑うの?!」
「いや、だって、なぁ……?21の男が、許してって言ってやることが、これって」
「だって!思いつかなかったし!駄目なの?!」

正確には、思いつかなかったというか『できそうにないと思った』だけど。ロビンからこうされるだけでも僕はわりと限界になるのに、それ以上を自分から……なんて自殺行為だ。

「駄目じゃねぇけど……あ、もしかして、これがアンタの限界点?」
「なっ」
「ほー、へー、ふーん。そうですかそうですか」
「ち、違う!」

にぃ、と視界の端でロビンが笑ったのが分かった。これは、嵌められた。君ちょっと僕に対してなんか変な趣味発揮してない?

「ふぅん?じゃあアンタからのキスも追加でどうです?全部チャラにしますけど」
「なっ……!」
「ほら、……っと」

身体が浮いて、ロビンの顔が少し下になる。あのさ、僕は確かに君より結構小さいけど、女の子みたいに抱き上げられるとちょっとイラッとするよね。ニヤニヤ笑ってるのもマイナスポイントだ。

「別にこの前みたいなのしろっては言わねぇし?こう、挨拶程度のやつ頂けません?」
「……」

顔が熱い。僕の身体は一体どこまで熱くなれるんだろう。まるで心臓が蒸気機関にでもなったみたいだ。でも本当にそうなった訳じゃないから、熱が出ていくところがない。

「目、瞑ってよ」
「はいよ」

震える掌で、頬に触れる。ああ、なんだ君も熱いじゃないか。

「もうあんなことしないから。頑張るから、僕」
「おう」
「だから。……嫌いにならないで」

ほんの一瞬、きっと触れた。みたいなキス。今の精一杯。

「……嫌いになれっこないから安心しな」

そう言って君はまたこの前みたいなキスをするから、僕の身体は燃えてしまいそうで。
今度は同じことをしないように、しがみつくように首に抱きついた。







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