白黒的絡繰機譚

ワイルドカード

クラスが同じこともあってレイシフトでは大抵組まされ、更には相部屋。
そんな状況もあって、オレとアイツは大体一緒に行動していた。けど、とあることに気がついたのはサーヴァントの少なかったこのカルデアが随分と賑やかになってしばらくした頃だった。
気がついた日は、何個目かの聖杯を回収して、ちょっとしたお祭りモードになっていた、そんな日のことだ。
サーヴァントなんていうのは癖の強い連中ばかりで、それに酒盛りの口実なんて与えりゃてんやわんやの大騒ぎになるのは必然のことで。オレはそれの中心にはならないようにしながら、酒とツマミの旨いとこだけを掠め取っていた。
とにかく騒がしかったのが少し落ち着いてきて、ふと気がついた。寧ろなんでそこまで気が付かなかったのかが分からない。気が付いてしまうとそれがどうにも違和感になって喉を通る酒の味を鈍くする。ああ、くそ。
近くに狐やら竜やら面倒くさいのがいないのを確認して、そっと部屋を後にする。
一歩外に出ればあの喧騒は何だったのか、という程に静かだ。そんな通路を歩いて向かうは、割り当てられた自室。扉を開ければ、思った通りそこにいた。

「……どしたんです?」

ビリー・ザ・キッド、オレと同じアーチャーで、レイシフトでは大体組まされて更には相部屋のガンマン。
奴はくすねたらしいボトルの中身をちびちびと舐めながら、オレの声に顔を上げる。その顔は、いつも通り笑っていた。

「君こそどうしたの?もしかしてもう終わっちゃった?」
「まさか。潰れてるのはいますけどね、そんな数人の為にお開きにする奴らじゃないのはオタクも知ってるっしょ」
「じゃあどうして?」

心の底からわからない、といった風な顔をする

「先に聞いたのはオレなんですけどね」
「……んー、ちょっと潰されそうだったから逃げてきた」
「はい、嘘。だったらアンタはオレを生贄にするだろ」
「酷いなぁ。……まあそうするけど」

軽口を叩く気はあっても、オレの質問に答える気はないらしい。まるでオレがいないみたいにまた、酒を煽る。そのボトルラベルを見て、息を吐いた。

「オタク、アウトローだよな?」
「うん?アウトローといえば僕ってくらいでしょ」
「アウトロー中のアウトロー様がそんなもの呑むかねぇ」

甘くてアルコールの低い、ジュースのような酒。よく手に入れたと感心するような代物だ。酒宴のテーブルからくすねたとばかり思っていたが、これはわざわざ自分で用意したんだろう。

「酷い偏見じゃない?僕だってこういうのが呑みたい日だってあるさ」
「ま、あそこじゃソレは呑めねぇだろうな。……でもそれだけじゃない、だろ?」
「……」

すう、とビリーの顔から笑みが消えた。だが、ほんの一瞬で、またすぐにいつも通り笑う。
それが酷く、オレの神経を逆撫でた。ぞわりと撫でられる感覚は、オレの適度な酔いをゆっくりと覚ましていく。

「……君も呑む?やっぱり、こういうのは嫌いかな」
「いーや、頂きますよ。一滴残らず呑んでやる」

未成年のマスターくらいしか酔っ払わせられそうにないシロモノだが、呑ませれば言い訳に使われる。それは避けたかった。酒なんてのは笑い上戸でもない癖に笑う、もっともらしい理由になる。
大股で歩いて、椅子ではなくわざとベッドに腰掛けているビリーの隣に座る。少し動揺したように見えたのは、気のせいじゃあない筈だ。

「そんじゃ拝借」

返事を待たずにボトルを掴んで、多くもなければ少なくもない中身を一気に飲み干す。アルコールなんて殆ど感じられないそれは、甘さが喉につっかかりながら流れ落ちた。

「全部呑んでいいって言ってないのに」
「呑むなとも言われませんでしたし?……あー、甘かった」

口直しにグラスに残っている氷を拝借する。溶けて薄いそれはすぐ水に変わった。オレが氷を食っているのを、ビリーはそっと横目で見ている。気が付かないふりをして、ゆっくりとまた氷を噛んだ。
――お互いに、ただ黙っている。オレはわざとそうしているけれど、コイツはどうなんだろうか。いつも軽口ばかり叩いてくると思っていたんだが……。

「……どうして僕を気にするの?」

根負けしたのは、ビリーの方だった。表情を見られたくないのか、顔を背けられている。
随分と暗い声だ。こんな声、オレは聞いたことがない。

「そりゃ、いきなりいなくなったら気になるだろ」
「なんで?部屋帰ったのか、で終わるでしょ普通」
「大抵一緒にいる奴が、何も言わずにいなくなったの気にしちゃいけないんで?」
「……」

返事はないが、納得はいってないんだろう空気がビシビシと伝わる。
オレも実のところ、ビリーの疑問に明確な答えを持っている訳じゃあない。ただ気になるから探して、実際見つけたら更に気になった、それだけだ。

「オタクこそ、なんでそんなに気にされたくないんです?」

いつも笑って、打てば響く明るい気さくな奴。それにしては、随分と変な態度だと思う。もしかして本当に酔っているんだろうか。

「……なんでかな」
「いや、聞いてるのオレですから」
「マスターやジェロニモだったらなぁ……」

ぽつり、と零される声。それは別にオレを拒むと言うよりは、先が――例えばカードでババ引いたみたい時な――見えてしまったような、そんな感じがした。
まだ顔は背けられている。見えるのは柔らかそうな金髪頭と首筋くらいだ。
……ビリーは、見た目みたいな幼い思考はしちゃいない。笑顔のまま引き金を引く度胸と正確な技量があって、頭もいい。それは分かってる。けど、今のオレには見た目どおりの子供に見えて仕方がない。

「ビリー」

子供に見える、その理由はなんだろうか。

「君がいないの、きっと誰か気がついてるよ」

あの子とか、あの子とか、他にもいっぱい。
言いたい面子は、大体分かる。

「それが?」
「……」

拗ねたように見えるから?泣きそうに聞こえるから?……違うな。
頭ン中で、理由の書かれたカードを投げ捨てていくと、残るのは恐らくババ1枚。しかもこれは、どっちの意味でも質が悪いんじゃないだろうか。

「……オレはああいう、賑やかなの好きですけどね?別にその当事者じゃなくていいんだよ。おこぼれに預かるくらいで」
「それが、何」
「もう十分預かりましたし?二次会はここでいいですよ。……ああ、違うか」

でも折角気がついたババなら、切ってみるのもまた一興ってね。

「ここが――アンタがいい」

子供に見える。それはババらしく擬態した答えだ。正しくは、違う。

「……」

ビリーがのろのろと顔をオレに向ける。そこにあるのはいつもの笑顔でも、無表情でもない。
困っているような、嬉しがってるような、よく分からない何かだ。

「君って……酷い男でしょ」
「なっ?!」
「そういやナンパが好きだったっけ。台詞の選び方が手慣れてる」
「あのな、オレは」
「だから僕は……気にされたくなかったんだ」

ぐい、と外套を引かれる。至近距離にビリーの顔がある。

「ロビンのこと、好きになっちゃうでしょ」

甘い吐息が、頬にかかる。熱いのは、酒のせいじゃない、多分。
さっきまで子供みたいだったくせに、……なんなんだこの差は。

「オタクも相当タラシですよね?アウトローですし?」
「ロビンのアウトロー感、結構酷くない?」
「アンタといればそうなりますよって。……で、ビリー」

逃げられないように肩を掴んで、笑う。一瞬ビリーの口の端が引きつったのの、オレは見てない……ということにしておく。

「総合すると、アンタはオレのことが好きだけどオレがそんなこと思うはずないから、いっそ気にしないで欲しかったってこと、でOK?」
「……うん、まあ、そうだね」
「アッサリ認めたな」
「だってロビンも口説いてきたから……」
「くど……まあ、違わないか……」
「君と一緒にいたら、大抵はきっと、君のこと好きになるよ」

くしゃり、とビリーが笑う。まるで泣き出しそうだ。

「アンタもそういうタイプに見えるけどねぇ」
「僕は……頑張ってるだけだよ」

肩を押さえているオレの手に、ビリーの右手が重ねられる。

「マスターにしか言ってなかったけどさ……。僕は薄ら寂しい夜の方が好きな、変わり者。ただ笑ってるのが楽だったからそうしてただけ。……こんな僕だけど、君は……」
「……」

吐き出されない言葉の続きを考えて、息を吐く。それにビリーの肩が揺れた。ああ、そういう意味じゃないんで。手っ取り早く、分かってもらおうか――なんて短絡的な手段に出たオレは、もしかして酔っ払ってんのかね。

「ろび、ん」

薄い、乾いた唇だった。酒はもうとっくに乾いているのに、甘い香りだけはやっぱり残っている。開放すると、少し目が潤んでいる。少年悪漢王の少年らしさが見た気がした。

「オレだって変わり者の方だろ。今更、そんなことくらいで態度変えませんって」
「……そっか」

ビリーがやっと笑って――これがきっと、自然なコイツの笑顔なんだろう――オレに抱きついた。

「君とここで、会えて良かった」
「オレも悪くないと思いますよ」
「そこは良かったって言ってよ」
「変わり者ですんで」

金髪を撫でて、さてどうしようかと思案する。
ナンパはそこそこしてきたが――こんな始まりは、初めてだ。
そしてきっと、これが最後なんだろう。……まあ、とりあえず。

「もう一度キスさせてくださいよ」
「キスと言わずにいくらでもどうぞ?」