白黒的絡繰機譚

呼吸の手順

ED後妄想

詰まる、と感じる事がある。
一般的にそれは息だと言われるだろう。確かに王宮というものは息が詰まる。自分はどうしたってそれとは関係がなかった一般庶民の部類なのだから。
とは言っても、近隣諸国の王族ほぼ全てと面識を持ってしまっている今となっては、今更なのかもしれない――。

「アンタは」
「ん?」

カリ、とペンが紙に引っ掛かった音がした。
その音と声に、ジストは数歩先の豪奢な机で書き物に勤しむ主へ近づきその顔を覗き込む。

「どうした、飽きたのか」
「酷いな」
「だが、俺にお前が話しかける時は大抵飽きた時だっただろう、ヨシュア」
「そうだったかね」

とぼけると、ジストは肩を竦めた。それで終わるのは、彼の良いところでもあり悪いところでもある……と、ヨシュアは思っていた。
例えばここでペンをほおり出して窓から飛び出したって、ジストは呆れたような表情で自分を追っかけて捕まえはするが、叱りはしないのだ。そういう立場ではないと、思っているのだから。

(それじゃあ、つまらない)

国を立て直すための執務に追われる日々は、疲れるし面倒だが、楽しい。
どうしてでも欲しかった者を手に入れて、それで順風満帆終了、なんて理由がある筈もない。

「おい、ヨシュア」

あまりにも手が止まってる時間が長くなり、ジストが咎めるような声を上げる。

(アンタの役目は、別にここで俺を見張る事じゃないと思うぜ)

と、思いはするが言う気はない。
この男の能力を最大限に生かすならば、兵舎にでも行かせて兵士の訓練をさせるべきだ。それは分かっている。けれど。

(アンタがいないと)

昔の自分は、どうやってここで息をしていたのだろう。

「やるさ。……アンタが」

顔を上げる。壁にもたれ掛って腕を組むジストは、その表情を見て眉を顰めた。
この男には、ヨシュアの何もかもがバレてしまう。気持ちも思いも、続ける言葉も。

「……時々、お前に雇われた事を後悔するよ」
「へぇ、だが俺はアンタを解雇する気も、させる気もないぜ」
「知ってるさ。……あんだけ熱烈に迫られちゃあな」

くすくす、とヨシュアが笑いながら立ち上がる。
ペン先のインクはもう乾ききって、落ちた紙に染み一つ作らない。

「経験豊富そうなアンタにそう言われるなら、俺のアプローチも本物だな」
「毎度思い知ってるよ俺は」
「そうだな。そうじゃないと困る」

傍らに置く事を望んだ。それは王としても、ヨシュアという一個人としても。
一個人としての関係には流石に金を払っている訳ではないし、そもそも同情しても男と同衾までしてくれるほど優しい男ではないと知っている。

「アンタがいないと、息が詰まるよ」
「……そりゃ意外だな」

肩に額を預けてそう言えば、本心から意外そうな声が降ってくる。

「お前の家だろう、ここは」
「違うさ、ここは王の家だ」
「……そうか、そりゃ息が詰まるかもな」
「詰まるさ。アンタがいなかったらここまで上手くやれてなかったかもな」
「ははは、買ってくれるのは嬉しいが、買いかぶりすぎだな」

がしがしと、まるで子供相手のようにジストの皮膚の固くなった掌が頭を撫でた。

「……ま、俺もお前が雇い主じゃなきゃ、とっくに息が詰まって死んじまってるかもな」
「……」

ひくり、と肩が震える。

「アンタ、酷い男だな」
「は?」
「相当モテたけど、恨まれまくっただろう。……こっちは息が詰まるより先に心臓が止まっちまう」
「ヨシュア……意味が分からないが」
「あーあー、一体この砂漠で何人がアンタの所為で泣いたんだろうな?」

はあ、と二人揃って息を吐き出す。酷く、息が楽だった。
ぎゅう、と抱きつけば、諦めたように腕が回る。

「……お前これ、このまま仕事しないつもりだろう」
「さあ? どうだろうな」

(アンタが窒息させてくれるって約束でもしてくれれば、するかもな?)

そう言ったらきっと、なんだかんだでやってくれるのを、ヨシュアは知っていた。