白黒的絡繰機譚

混線

単行本5巻くらいの頃に書いたものになります。

亜人共を遠ざけて、愛機の様子を見ている時だった。
ざざ、と鳴るはずのない無線の音がして、菅野は駆け出した。飛び乗ったコクピットでは、ざざざざという音だけが響いている。

「こちら菅野、こちら菅野。応答せよ」

やや震えた声で、菅野は無線に呼びかけ、入電を待った。こんなよく分からない世界にほおり出されたのが自分だけではないというのなら、何か道があるのかもしれないと、そう思った。

『……組、……んぐみ……』

低くて聞き取りづらい声が、雑音に紛れて聞こえてきた。何度か呼びかけてみて、こちらの呼びかけに応える様子はなく、菅野は無線マイクを叩きつけるようにほおり出した。

「糞っ、何だってんだコノヤロウ」
『……み。誰か……を……れな……』
「お前こそ誰だよバカヤロウ」

ざざっざざざ、と雑音が酷くなってきた。元々聞き取りづらい男の声は、どんどん小さくなっていく。しかし、無線はまだ繋がっている。菅野はもう一度マイクを手に取って、きぃんと音がしそうな程の大声で叫んだ。

「誰だか知らねぇがコノヤロウ!こちら新撰組隊長菅野直!聞こえてるんだったら応答しろバカヤロウ!それかこっちに来いってんだコノヤロウ!」

ばぁん、と再度マイクを叩きつける。がしゃん、と嫌な音がしたが、菅野はそれを気にするような男ではなかった。
ざっざざざ、と雑音ば大きくなり、一度途切れそして、

『かんの、なおし』

菅野の名前を呼ぶ声がして、そうしてもう本当に聞こえなくなった。




「――テメェだったのか」

ぎりぎりと自分を睨みつけながらそう吐き捨てた青年に、土方は無言で只掌に込める力を強めた。
漂流者の一人であるこの青年は、何時ぞや空からやって来て飛竜を撃ち落した謎のものに乗っていたらしい。機道を追って地を駆けていけば、随分すんなりと捕まえる事が出来た。青年は地上にいた土方の事なぞ知りもしない筈なのに、滅多に使わない口を動かして「死ね」と言いながら首に手をかけると、そんな悪態をついた。

「……」
「おい、何とか言えよバカヤロウ。あの時俺の名前を呼んだだろうが」

一体何を言っているのだろうか。土方はこの青年の事など知りはしないし、この青年だって土方の事なぞきっと知らない筈だ。土方は死に、新撰組は終わった。その後には何も残りはしない。死んでしまったのだから。

「何とか言えって言ってんだろコノヤロウ。忘れたとは言わせねぇ、新撰組隊長菅野直の名前を呼んだだろって聞いてんだ、答えやがれバカヤロウ」
「……!」

新撰組、という言葉に驚いてとっさに手を離した。げほり、と青年――菅野がひしゃげたような声を上げた。
菅野はどう考えても、土方より後の時代の人間である。それが真選組を名乗っている。廃棄物という憎悪の塊を化して以来、感じた事のないものが喉元までせりあがって来ているような、そんな心地がした。

「新撰組は」
「あ?」

菅野の目には、強い光があった。土方がもうずっと見る事のなかった光だ。眩しすぎて、潰したいと思った。それが土方歳三という人間の意思なのか、廃棄物故のものなのかは、よく分からない。どっちでもいいと、土方は思った。どっちでもどうせ変わりはしない。

「忘れられては、いないのだな」

そう呟いて、土方はもう一度菅野の首に手をかけた。
嬉しすぎて、眩しすぎて、潰したいと心から思っていた。