白黒的絡繰機譚

久遠の遼遠

3世編後の二人

意識が戻ると、曇天があった。
押し寄せる屈辱の記憶で四肢を動かし立ち上がると、開けたコロシアムには一つの影だけが存在していた。
コマの一人も、カードの一枚たりとも残っていはしない。何者かの影だけだ。

「お目覚めになられましたか」
「……キサマ」
「Eブロック隊長、コンバット・ブルースです」
「知っている」

私が言うと、何故か笑った。

「ここで何をしている」
「お目覚めになるのを待っておりました」
「……」

遥か遠くに、喧騒が聞こえる。今年はそうだ、100年前と同じアレを行う筈だ。こやつのような人間らしい人間なぞが、此処に残る筈がない。
今の私には何もない。その筈だ。

「何を考えている?」
「はい?」
「キサマに何の利もあるまい?」

屈辱に身が燃える。力を、全てを我が物にすべしと己が望んでいる。
全てを取り戻す。取り戻せる。だが、今ではない。待つよりも、自ら掴み取る方が早い。
そう考えるのは当然だ。しかし、この男は此処にいる。

「私の気が変わらぬ内に、キサマも行け」
「どこへ……あ、次期皇帝決定戦か。行きませんよ、俺……私は」
「……何だと」

奴が書物から顔を上げる。上げたところで半分しか見えんが。

「私は、3世様の部下ですから、ずっと」
「……」
「3世様?お顔が……まだお身体が優れませんか」

奴が慌てたように近寄ってくる。
人の顔色を伺うなど、正に人間だ。そう、奴は何処から何処までも人間でしかない。
だが、

「許す」

未知の感情だ。未知の人間だ。この私が、人間なぞに。
……だが、先程よりはずっと、ずっとマシな気分だ。高揚する。こんなことに。

「えっ。何を……?」
「キサマが私に永遠に付き従うことを許す」

人間だからか、それ以外か。そんな事は恐らく些事だ。
何故か、恐らく答えはない。今、この封じられし身には。

「永久に、私に仕えよ。コンバット・ブルース」
「勿論です!」

だが、悪くはなかろう。
コンバット・ブルース。永久に、私の、私だけの部下だ。力が、土地が、民衆が、部下が、世の全てがこの手から奪われても。私だけの、

「……3世様?」

キサマの全てが、永遠に私のものだ。