白黒的絡繰機譚

ダーク10題

配布元:VOID

……苦しい、息が、もう、あがって、苦しい。
でも、走らなければ、捕まってしまう。
何に? そんなこと知るか。
知らないけど、逃げなきゃ捕まっちまうんだ。
知らないけど、ある程度の確信はあるんだ。
ともかく、逃げろ、俺。
煙に慣れた肺が悲鳴を上げようとも。
きっと、多分、後ろから俺を追っている白いアイツから。



1. 何から逃げるのか








それは酷く魅力的に見えた。
血液が身体から流れ落ちる様は俺の好きな光景の一つで、その身体は何だって良かった筈なのに、何故かアレが頭から離れない。
あの黒と赤が、記憶に脳味噌に心に思考にこびり付いてしまった。

「……美味しかった」

あの時、衝動に駆られて舐めとったそれは、酷く甘かったような気がする。



2. 血を流す指先








愛情ってのは、難しいもんだ。
今更ながら、そう思うよ俺はさ。
普通、嬉しいだろう?向けられれば大概はな。
愛ってのはプラスの感情なんだから。
……でも、あれは違う。
そんな生易しいもんじゃないんだ。
アイツのそれは、俺の全てを蝕む愛情。
俺にはそれを悲しいとも哀しいとも受け取れない。受け取りたくない。
理解したくない。だから、逃げる。
例え卑怯と言われようとも。


3. 悲しいのか哀しいのか








アイツは言った。

「お前は何も知らないんだ」

そうだ、俺は何も知らない。知りたくもない。
過去? 未来 ?世界?
何だそれ? 俺には関係ない。勿論お前にも。
だから、そう。何もかも忘れて、俺と、どうか。



4. 無知








「好きだ」

そう言われたから耳を塞いだ。
何故って?決まってるだろ。

「俺はお前をそんな風に見てないぜ」
『それでも、俺はお前が』

多分そう言った唇を見ないように、俺はひたすら固く目をつぶった。



5. 耳を塞ぐ








眩いほどに明るくなんてなくていい。
闇に慣れたこの目に強い光は必要ない。
闇に寄り沿う幽かな光が、俺には丁度良い。

「…………貶してんのか、俺を」

まさか。
丁度良いと言っているのに、分からないか?

「……分かりたくもない」



6. 新月








例えるならば、アイツは鬼なんだ。
鬼は鬼でも、鬼『役』だけれども。
布で目を隠されて、何も見えないまま誰もいない空間へ手を伸ばす哀れな鬼なんだ。
そんなお前に、俺は手を差し伸べるべきだろうか?
たとえその布の下に本物の鬼を隠していたとしても。



7. 目隠し鬼








自分から離れたのか、それとも他人がそうしたのか分からないけれども、自分の周りには誰もいなかった。
それに気がついたのはつい最近。遅すぎると今なら笑える。
思えば昔からそうだった。
苦痛に思うこともなかったから別にどうでも良いことだったけれども。
……でも、どうかお前だけは、どうか。



8. 置いてきぼり








輝くのは銀色。
彩るのは赤色。
立っているのは白色。
倒れているのは黒色。
……あれ?
こんな筈じゃなかったのに。



9. 遅すぎた全てのこと








「…………どうした」

黒が、蹲っている白に尋ねる。

「……」

白は口を噤んだまま、答えない。

「……大丈夫だ、別にあれくらい」

子供をあやす様な口調で、黒は白に語りかける。

「……」

けれども、白はそれが聞こえていないかのように、反応を一切示さない。

「白狂」

黒は白の名前――白狂を呼ぶ。

「……ベーベベ」

やっと口を開いた白が黒の名前――ベーベベを呼ぶ。
そして、かさついた、しかしはっきりとした声で言った。

「好きだ」
「……」

黒は顔をそむけて何も答えなかった。



10. もうどうしたらいいのか