白黒的絡繰機譚

猫が二匹

べ―べべ・白狂が猫、飼い主ビービビなパラレル

我が家には二匹、猫がいる。
それぞれ名前はベーベベと……白狂というらしい。
なぜ片方が『らしい』などという不確定な言い方をされているかというと、その白狂という名の猫は別に我が家の飼い猫ではないから、ということになる。
どうやらベーベベに懐いているらしく、追い払ってもすぐ戻ってくるのだ。全く野良猫というのは図々しい。
正直な話、我が家では一匹も猫を飼ってはいない。
ベーベベの方は飼い猫ではなく、同居人というのが正しい。
現在は猫の姿をしているが、間違いなく俺の弟であり、元々は人間の姿だ。
……何故そんなことになったのか?それは寧ろ俺が知りたい。
ともかく、我が家には飼ってもいないのに猫が二匹いるのだ。
――さて、我が弟とはいえ現在の姿は紛れもない猫である。
ともなると幼少期に打った基本的な予防接種のみでは防ぎきれない感染症がどうしても出てきてしまう。
それらにかかることは避けたいので、やはり一度病院に連れていくべきだろう。

「べーべべ!」

名を呼べば、一目散に俺の元へと駆けてくる。
目の前でちょこんと座り、俺の言葉を待つ弟は信念の通り従順だ。

「明日、予防接種に連れて行ってやる。お前、一応今は猫だしな……。用心するに越したことはない」
「……なー」

律儀に返事をする弟の声(正確に言えば鳴き声か)は低く、か細い。
それに加えて尻尾や耳が伏せられているところを見ると……どうやら怖いようだ。
俺の2個下だからそれなりにいい歳の筈なのだがな……。

「ベーベベ、まさか怖いのか?」

問えば、必死に頭を振って否定をする。
それを見て何となく抱き上げてやりたくなって手を伸ばした。

「フーッ……!」

伸ばした先に、一匹の猫が割り込んできた。
この猫は何時もこうだ。
俺がベーベベを抱き上げようとすると威嚇して全力で邪魔をしてくる。
どうも俺が気に食わないらしい。俺もコイツがとても気に食わないからお互いさまなのだが。
……そういえば、この猫は予防接種を受けているのだろうか。
首輪もしていないし、最初はあまり人間慣れをしていなかったところを見ると野良の可能性が高い。
となるとベーベベだけに打っても仕方ないだろう。

「……仕方ない。お前もだ」

とても気に食わないが、これも弟のためだと割り切ろう。
翌日の予防接種は特に問題もなく終わった。
ベーベベは最後まで怖がっていたものの、流石に逃げ出すようなことはなかった。
ただ、もう一匹の方に至っては獣医にさらに注射を強請るという訳の分からないことをしでかしてくれたが……。
――その夜、ベーベベは珍しく窓辺にいた。
予防接種を受けた前足を随分気にしているようだが、大丈夫なのだろうか。
まあ、アイツのことだから俺が聞いたところで当たり障りのない答えしか返ってこないだろうが。

「にゃー」

後ろの方で鳴き声がしたので振り返ってみると、あの猫が俺を見ている。娘たちに夕食を食べさせる前に追い出した筈なのに、一体何処から入りこんだのだろうか。

「……何だ」

声をかけると視線を外し、ベーベベの元へと歩いて行く。
横に腰を下ろすと、しきりにベーベベの前足に触ろうとする。
ベーベベはそれをかわそうとするが、かわしきれず押さえつけられてしまう。
そして、猫は、

「……!」

ベーベベの前足に舌を這わせ始めた。
……きっと、あの猫のことだから匂いに反応したのだろう。
または好意的解釈として労わってやっている、と思ってやっても良い。

(もしそれ以外の理由だったら追い出してやろう)

……このまま観察しようと思ったのだが、時計に目をやると娘たちを寝かさなければいけない時間になっていた。
少しだけ、嫌な予感がしたが俺はそのまま部屋を後にすることにしたのだった。
――娘たちを寝かしつけて来てみれば、先ほどまであった姿が見当たらない。
近くにある家具の裏側を見てみると、いた。

「…………フン」

猫は二匹、身を寄り添って眠っている。
ただそれだけなのだが、その姿がなんとなく気に入らなかった。