白黒的絡繰機譚

花と深紅

どちらが、強いだろうか。
――3世様が俺の部屋に来てから五日後、菊ノ丞が来た。
ちょうどその時、俺の真後ろに位置した空の花瓶を菊ノ丞は驚いた表情で見つめている。

「前の、どうした。結構長くもつような種類だったはず……」
「…………」

正直に言うべきだろうか?
しかし、そうすると3世様とのやり取りも話さなくてはならないだろう。
それだけはしてはならない、そう思った。

「……もしかして、捨てたか?」
「違う」
「じゃあ、どうした」
「…………」

怒られた子供のように、俺は黙り込むしかなかった。
誤魔化す手段なんて、きっと沢山あっただろうに一つも出てきやしない。

「……3世様か?」
「!!」

どうしてお前はそう核心を突くんだ。
俺の態度に業を煮やしてさっさと出て行ってくれれば良かったのに。

「そうなんだな?」
「…………」

俺はまた、沈黙を守る。
声を出すよりも雄弁になってしまうのはわかっていたけれども、それでもそうせざるを得なかった。
声を出してしまえば、認めることになるような気がしたからだ。
でも……何をだろう?

『キサマは私の部下、私のものだ。そうだろう?』
『ならば私以外の言葉に従う必要はない』
『花なんぞに気を取られるな。私を見ろ』
『私だけを見ておけ、コンバット・ブルース』

脳内にフラッシュバックする、あの時の3世様の声。
そうだ、俺が認めたくなかったのは……。

「……怖いんだ」
「ブルース?」

あの方は恐ろしい方だ。誰もが、俺もよく知っている当たり前の事だ。
それはとっくに分かっていたつもりだったのに、本当のところ、俺はまったく分かっていなかったらしい。

「怖いんだ。お前の問いに答えるのが……いや、お前の問いに答えることで認めてしまうのが」

答えたところで3世様にはバレないかもしれない。
けれど、問題はそこではなく『俺が答えること』それだけにあるのだ。
答えた瞬間にきっと、俺は深紅に食われるのだから。
――世界を統べる帝王の言葉は、俺が花を捨てて深紅を見続けることを望んでいた。
俺がここで菊ノ丞の問いに『そうだ』と答えることは、それを叶えることになる。

「俺はあの時……3世様の存在に驚くばかりで、花を惜しまなかった」
「…………」

菊ノ丞はただ、黙っている。

「だから、あの方は……あんなことを……菊ノ丞、すまない……」

『飾れ』と言われたから飾った。
そんな受け身の俺だから、あの方はあんなことを言った。
あんなことを言われてしまえば、見続ける以外に何ができる?
視線は俺の全てを無視したまま固定されて、動かせない。
けれど、

「……ブルース」

何かを押し殺したような口調で、菊ノ丞が俺を呼ぶ。

「お前は、どっちを選ぶ気だ?」

分からなかった。
固定された視線は動かせないけれど、俺は、今お前の手を取っている。
それだけしか、分からなかった。