真綿で首を絞めるよう
お前の薔薇の香りはきつ過ぎる。……そう訴えたら、鼻で笑われた。
「わざとだからな」
意味がわからん。
……そう言ったら、キスをされた。
柔らかくも楽しくもない、男とのキスだった。当たり前だが。
「痕、残してやろうか」
全く会話がつながらない。
とりあえず、それは困る、と答えた。
「ま、残さねーけどな。殺されたくねーし」
確かにキスマークなんぞ見られたらお互い命が危ない。
――3世様は、俺たちを殺すことになんの躊躇いも感じられない方だから。
「しっかしなぁ、こんな事言いたかねーが、3世様もたいがい悪趣味だな」
……それは自分も何度も思った事だった。
俺は三世様の嫌いなヒューマン型だし、男だし、更には女好きだし、『Eブロック隊長』って肩書でもなけりゃ、とてもじゃないけど近づけない方だ。
それなのに、どうしてなんだろうか。
「……でも少し、分からなくもねぇ」
慣れた手つきで菊ノ丞は俺のヘルメットを外す。
それは床に落ちて、俺の視界は少し、広くなった。
――菊ノ丞、やめろ――。そう言いたかったが、声は出なかった。
唇とのどの奥が妙に乾いて、空気が声にならない。
出ない声の代わりに視線を合せてみても、そこに見えるのは歪んだ菊ノ丞の顔と、瞳に映るあまり好きではない自分の顔だけだ。
「なぁ、」
クィ、とあごを持ち上げられ、またキスされるのかと思って反射的に目を閉じる。
「お前って何も分かってないよな」
でもそれは今のところは杞憂だったらしく、俺は怖々目を開けた。
視界に入ったのは、怯む様な無表情をした菊ノ丞だ。
「3世様も……俺も、お前には分かんねぇんだろ」
声は震えつつも、表情だけは変わらない。
……俺は初めて、菊ノ丞を怖いと思った。
「なぁ、少しは分ろうとしてんのか?それとも本当に分かんねぇ唯の馬鹿なのか?」
乾いた口がさらに水分を失っていくような気がする。
乾きすぎてもう、唇も動かない。
動かさなければと思う。……動いたところで何と返事をすればいいのか分からないのだが。
「早く、分かれよ。苛立ってんのは俺だけじゃねぇし、困ってんのもお前だけじゃねぇんだ」
それだけ言うとクルリと体を翻し、何事もなかったかのように菊ノ丞は歩いて行った。
その所為で生じた微風はやはり薔薇の香りがした。
――パタパタと走ってくる音と、自分を呼ぶ声がする。
……この声は、ギャルとガールだ。
「あ、コンバット様こんな所にいたんですかぁ?」
「定例会議、始まっちゃいますよ」
服や体には薔薇の香りが染みついてしまったような気がする。
寄り添うギャルとガールのぬくもりはとても心地良い。
でも、この香りも温もりも本当に欲しいものとは違う気もする。
でも、……俺の本当に欲しいものって、なんだろう。
分からない俺は、只の馬鹿なのだろうか。
――薔薇の香りは息が詰まる。
あの方の隣も息が詰まる。
どっちが良いとか、そんな事はよく分からない。
そう思っている間にも、俺はゆっくりと息が出来なくなって、そしてそのうち窒息するのだろう。
原因がどちらになるのかは、分からない。分かりたいけど、分かるのが怖い。
ぐるぐる回っている間にも、俺の首は締まっていく事だけははっきりと分かっていた。