白黒的絡繰機譚

ナーバス・キス

今の状況を簡潔に言ってみる。
……何故か、ベットに押し倒されている。
この世界に来て、随分と時間が経った。付き合いはもう兄弟達よりも長くなっている。
それなのに、こんな事をしてくるなんて考えもしなかったのは、俺の落度なのかもしれない。

「オイ…白狂……?」

何がしたいんだよ、なぁ?

「……どう思う?」

投げかけられる疑問。

「お前は、俺を、どう思う?」
「……は? ……って、ちょ、……んんっ」

意味が分からず聞き返せば、それを拒むように合わさる唇。

「………っは、オイ、何すんだ……!!!」
「……嫌か?」

そう言った白狂の顔がとても苦しそうで、俺は嫌とも何とも言えなかった。

「嫌なら嫌と言えば良い……今の――俺がまだ正常である内に」
「……は?」
「……一つ、頼みたい事がある」

何だよ、そんな苦しそうな顔して。
今まで俺が見てきた中で一番苦しそうな顔じゃねぇか。

「お前に決めて欲しい…………『俺』はどちらが『本物』なのかを」
「どっちが……『本物』?」

一体何を言い出すのかと思えば、ある意味予想外の事だった。

「ああ……『今』の俺と『あの時』の俺と」

『あの時』とは手術モードの時のことだろう。
白狂の中にある、もう一つ人格。楽しそうに手術という名を冠した殺戮を楽しむ人格。
常識も周りも自我でさえも棄てたかの様に一つの実験動物を傷付けて、お互いの血を見て悦ぶ。

「――どうせなら」
「白狂……?」

段々と掠れる細い声。

「ずっと狂っていられれば良かった」
「………」

ああ、分かった。
コイツは俺に『今』を否定して欲しいんだ。
疑問として投げかけられながら、答えは一つしか用意されていない。

「そうしたらこんな想いを抱かずに済んだのに」

向けられた筈の言葉は、聞き取れなかった
きっとそこがこんな事を俺に聞いてきた最大の理由なんだろうに。
ふう、と一息置いて、白狂を見据える。ぶれない視線のまま、何かを決心したかのように言う。

「さぁ、答えてくれべーべべ。――お前はどちらを否定する?」
「……」

……馬鹿だろう、とそう思った。
顔は『今』を否定しろと言ってるけど、……泣きそうじゃねぇか。
こんなどうしようもない問いに終止符を打てるほど、俺は賢くも偉くも無い。

「――俺はどっちでも構わないさ……今更、俺がお前を決めるのか?」

せめて俺は――自己満足でも――お前の事を分かってるつもりだったから。
年下には上に立っていたいという、俺の性格が故の事でしかないが。

「俺は別に、お前を『オカシイ』なんて思わない」

それでも本心から、俺は思う。

「俺はお前を拒絶しない」
「……本当か?」

幼いころ、誰からも拒絶されたと聞いた。
勿論理由は、その呪われた身体。
人工的なモノが生まれながらに組み込まれたその身体は、幼い精神を曲げるのには十分すぎた。

「本当にこの、呪われた……作り物のような身体も、そこに在る如何しようも無い程に滑稽な精神も拒絶しないというのか? ベーベベ」
「ああ、しない」

きっぱりとこう言い切れる自信が何故、あるのか。

「……そうか」

僅かだが、強張った表情が緩む。

「だから、言えよ」

俺に言いたい事があるんだろ?
何を言われようと、俺はお前を否定しないから。
だから、

「俺は――」

また、唇が重なる。
何かを保つための様な、触れるだけのキスだ。

「……本当に、嫌じゃないのか……?」

きっと今こうなっていなくとも、お前も俺も逃れられなかっただろう。

「嫌だったら……とっくにお前殺して逃げてるさ」

そう、心のどこかでこうなる事を分かってたんだ。
逃げないのは俺もお前を想っているからなのだと、理解する。

「そうか……なら」

だから、
神経質すぎる程、慎重になってでも俺達は、

「俺にお前の全てを見せて欲しい」

今から一歩だけ、先へ。