白黒的絡繰機譚

変温

魚は、人の体温ほどで火傷をするという。
その点において人間寄りにしてくれたことを、ツェッドは創造主である伯爵に感謝している。魚と同じであれば、あの時水槽から出た瞬間に師匠の技の余熱で焼け死んでいたかもしれないのだ。
ただ、人の体温というものはとても熱いものだとツェッドは思っている。

クラウスの体温は、その身に秘めた決意を表すように。
スティーブンの体温は、決して見せない本心が現れたように。
チェインの体温は、その存在が確かであると示すように。
K・Kの体温は、彼女の家族に心地良くあるように。
ギルベルトの体温は、積み重ねてきた経験と慈愛を表すように。
レオナルドの体温は、背負う運命に負けない強さが分かるように。

では、とツェッドは先程まで沈んでいたベッドを見下ろす。そこには兄弟子がだらしない顔で眠っている。
目的を果たした後すぐに眠ってしまうのは、即物的すぎやしないかとツェッドは思う。碌にピロートークも出来ない彼に、どうして刃傷沙汰が起きるほど女性が溢れていたというのは一体どうしてなのか一切理解が出来ない。まあ、理解してはいけない思考回路なのだろうが。

「……シャワーを、浴びないと」

生憎、ツェッドはザップのように図太くないので、下半身に違和感を覚えたまま眠りにつけるはずもない。安っぽいシャワールームでコックをひねると、冷水が降り注いでくる。これが湯に切り替わるまで、結構な時間がかかる。ザップはそれに文句ばかり言っていた気がするが、ツェッドはどちらかと言えば冷水の方が心地よい。ザップが気にいる温度は、どうにも熱すぎる。

「ンなこと言っても、これ体温くらいだぜ?」

初めてこの部屋でこのシャワーを使った時、ザップは呆れたような声でそう言った記憶がある。どちらかといえばぬるま湯に区分される温度らしい。師匠の故郷の島国ではこれよりも高い温度の湯に毎日全身で浸かると聞いて、驚いたものだ。
――だんだんと、冷水が水になり、ゆっくりとぬるま湯に近づいていく。流れ落ちていく水よりも、自分の体内から流れ出るものの方がよっぽど熱い。ようやくぬるま湯になっても、そう感じた。

「はぁ……」

いっそのこと、火傷してしまえばいいとツェッドは思った。他人の体温でも、太陽の光でも、灼熱の業火でもなく、ザップの体温だけで、ひどい火傷を負ってしまう身体になれば良いと、馬鹿なことを考える。
ぬるま湯をかぶり続けているせいで、上がった体温が下がらない。自分の体温は、こんなに高くない。ただ、ザップだけが子供のように高い体温を押し付けて吐き出して、強制的にツェッドを温めていく。

「いつまで浴びてんだ」
「……起きたんですか」

珍しい。と付け加えると、眉間を顰める。

「いつまでもうっせーからだろ。寝れるか」
「嘘ばかり」
「……あちぃんだよ。おら、はよこい冷却材」
「……今の僕では、冷却材にはなりませんよ。貴方のせいで」

ぽろりと言葉が口から溢れる。言うつもりのなかった台詞だ。

「あ?……ああ、そーか。そーか」

何故かザップがにやりとわらう。

「俺がお前を変えちまってんだなぁ」

――ザップの体温は、灼熱のように。
灼熱の中だから、ツェッドは逃げられない。……逃げ出す気があるのかどうかは、誰も知らない。