白黒的絡繰機譚

この人ってとっても理不尽

「レオナルド」

間近で名前を呼ばれて硬直する。この人の囁くような声は、僕の耳には刺激的すぎると、いつも思う。大げさに反応してしまう身体が、とても恥ずかしい。なのにこの人は、そんな僕を見て「とても、素晴らしい」という感想を口にする。一体何がどうしてどうなってそういう結論になるんです、意味がわかんねぇよ!

「クラウスさん……」

自分の口から期待を含んだ声が出てしまうのが恥ずかしい。男のこんな声聞いたって楽しくないと思うのに、僕がしがみつくクラウスさんの腕はカッと熱くなってきてるから凄い。でも僕も、それにつられるように体温をあげてるんだから、どっちもどっちか。

「レオ、……レオ」
「ん、クラウスさん……」

名前を呼んで、子供みたいに触れ合ったらすぐに離れるキスを繰り返す。クラウスさんの唇は少し固くて、でもしっとりしてて気持ちいい。この人紳士だし、なんかケアしたりしてるのかな。僕は冬にリップクリーム塗ったりするくらいだけど。そんな無頓着な僕の唇は、クラウスさん曰く柔らかくてとても気持ちがいい……らしい。自分で触ってみても全然そんな風には思わないんだけど、クラウスさんはそう感じるんだとか。この人が嘘なんて吐く訳ないから、本心からそう思ってるんだろう。……うわ、なんか恥ずかしい。僕恥ずかしがってばっかだな。
でも仕方ない。僕のその……恋人は、世界最強の紳士なんだから。顔が怖いのがなんだって?そんなの、この人を損ねる要素じゃないと、僕は思ってる。外見で判断して、この人の強さと優しさに気が付かない人はきっと損をしてる。今でも僕の手を握って、控えめだけど直球に、そして有無を言わせぬ言葉で気持ちを伝えてきた瞬間を、ついさっきのことみたいに思い出せるくらい。うん、僕はクラウスさんのことが相当好きなんだ。いや、相当なんてレベルじゃないか。

「レオ。……唇以外に、キスをしても?」
「聞かないでくださいよ、そんなの……」

だって答えはイエスの一言しかない。断れないし、断りたくないし。
僕の消えていく言葉尻を受け取った、とばかりにもう一度唇にキスをして、クラウスさんの唇が少しずつ下に降りていく。唇の端から、流れて首筋へ。今までよりもずっと軽い、本当に触れるだけのキスが落ちていく。くすぐったいような、もどかしいような。筋に沿って降りた唇は、襟を伸ばして、鎖骨に――。
――あ、まずい。これ、ちょっと、あ。

「いっ……!!」

びしり、と走る痛みと同時に出た声に、クラウスさんの身体ががばり、と離れる。クラウスさんが離れても、僕の鎖骨から痛みは消えない。そう、噛み付かれた。この人、口からはみ出した犬歯から受け取る印象みたいに、噛み癖がある。らしい。

「すまない、レオ。……今日こそは、と思っていたのだが」

しゅん、と肩を落として小さくなる(それでもまだまだ大きいけど)から抗議の声を上げることの出来ない僕は、この人にちょっと甘すぎる気もする。これが惚れた弱みとかいうやつかな。違うかも。
鎖骨をなぞると、見事に凹凸がついている。今日こそは、というクラウスさんの決意が少しは身を結んだのか、血は出ていない。でも、当分痕は残りそうだ。

「いや……まあ、いいですよ」
「しかし」

いいですよ、なんて言ったところで引いてくれる人じゃないのは知ってる。
だから今日は、ちょっと違う方向に持って行こうかな。なんて。

「……あー、じゃあ、お返しさせてください」
「お返し、とは」
「えーと、その。……失礼しまーす」

身を乗り出して、クラウスさんの首筋に僕の歯を立てる。

「レオ……?」
……あれ、おかしい。立たない。文字通り歯が立たないんですけど。僕と違って筋骨隆々なのは知ってたけど!歯が立たないってどういうことだ!?

「……」
「……」

気まずい沈黙が流れて、僕はそろそろと元の位置に戻る。こんなはずじゃなかったんだけど……。クラウスさんの首筋には痕どころか赤みすら差してない状態だ。凄い格差社会を味わった気がする。

「……あの」
「レオ」

ずい、とクラウスさんの顔が近づく。ずきずきした鎖骨の痛みは、いつの間にか何処かへ旅立ってしまって帰ってくる気はないらしい。

「君はその……本当に、可愛らしいことを、するのだな」
「え」
「今度こそは気をつける。だからもう一度」
だからそういうことを言われると、僕にはイエスの一言しか言えないんです。