白黒的絡繰機譚

貴方とのキスの味

昼間のクラウスさんとのキスは、紅茶の味がする。
唇同士が近づく前からふわん、と香りがして、この人は本当に紅茶が好きなんだなって思う。そんな事を思う余裕が出てきたのは、ほんのつい最近の事なんだけど。
あとやっぱり紳士だから、仄かだけど高級そうなコロンの香りがする。この人の以外嗅いだことなんてないし、縁もないからこれが一体何て香りなのか、僕は知らない。次クラウスさんの家にお邪魔する時に瓶を見てみたいなぁ、と思っているのだけれど、毎回忘れてしまう。それに、コロンの香りを正確に記憶するには、昼間のキスは短すぎるし、少なすぎる。だってこの街はその時間を毎日与えてくれるほど平和じゃない。


夕方のクラウスさんとのキスも、紅茶の味がする。
でも抱き寄せてくる逞しい腕や首筋からは、土と青臭い植物の香りがする。今日は水やりだけじゃなかったみたい。だからキスをした後、話を振ってみる。相変わらず僕に植物の事は詳しくわからないけど、クラウスさんが楽しげに語ってくれるそれを聞くのは、とても心地良い。時々そのまま僕の手を引いて温室へ逆戻り、なんて事もよくあったり。段々暮れていく夕日と一緒に眺める花はとても綺麗だ。
このままもう一回キスするのかな、なんて思った瞬間に出動する羽目になるのは、結構よくある事態だったりする。クラウスさんを取り巻く植物の香りが消えてしまうのを、惜しく思う暇も与えてくれない。


夜のクラウスさんとのキスも、やっぱり紅茶の味がする。
僕たちと紅茶の用意をしてくれたギルベルトさんしかいない、ライブラ本部でのキス。他の時間と違って、触れるだけじゃなくてもう少し深いキスをする。
この時間のクラウスさんはよく「君との口吻はとても甘い」と言う。それは多分、お茶うけのお菓子を僕にせっせと食べさせる貴方のせいだと思うんですけどね。
少年だとか言われるけど、僕はもうその呼び方を卒業していい歳だ。だって妹が結婚しちゃう歳だよ?そりゃ早い方だとは思うけど。だからそんなにせっせと食べさせても、多分僕はあんまり縦に大きくなりません。まあこの人は横の方も心配してるっぽいけど。確かに凄い健康的な食生活をしている自信はないから、あんまり強く断れない。それに、僕がお菓子を食べてると嬉しそうなんだ、この人は。


ベッドの上でのクラウスさんとのキスは、歯磨き粉の味がする。
爽やかだけどちょっとピリッとする、ミントの味。舌と舌が触れ合うキスをするから、同じ味が自分の口の中にもある筈なのに麻痺することなく感じるのは、僕が意識しすぎなせいなのだろう。でも仕方ない。同じボディソープの香りに包まれてするキスだから、意識するなって方が無理な話だ、うん。
他の時間よりずっとずっと近い体勢で、ずっとずっと長いキスをする。時々そのキスは、クラウスさんの鋭い犬歯が僕の唇を切り裂いて中断からの終了の危機を迎えることがある。僕はその痛みもどこか嬉しく思うのだけれど、優しいこの人は胃に穴を開けそうなくらい思いつめた表情で謝罪をしてくる。だからその時は僕から「大丈夫ですよ」とキスをすることに決めている。最初は渋るけど、そのまま何回かキスをすると、諦めたのか納得したのか観念したのか、ぺろりと零れた血を舐めとって再開してくれるから。


そうして抱きしめられて眠った翌朝のキスは、紅茶もコロンも植物も歯磨き粉もどこかにいった、でも心地良い味がする。
これがクラウスさんの味なのかな。クラウスさん、貴方には僕の味がしてますか?