白黒的絡繰機譚

その声と表情に

暗い影の闇の中。
聞こえるは、見えるは、ただ一人。

「不壊、不壊」

声がする。少年らしいあどけない声だ。

「不壊、おい不壊!」

その声の方向に見えるのは、しゃがみこんで影へ呼びかける少年ただ一人。
今はその影に呼び掛ける必要がある様なげぇむの最中ではない。というのに何か用があるのだろうか?

「不壊ー……」

少し表情を暗くして、まるで傷付いた様に影――俺を呼ぶ。
普段中々見る事のできないその表情に――少々、苛めてやりたい、などと思ってしまう。

「……ふえ」

切ない声。

「ふえ……ぇ」

それはまるでもう俺がいなければ生きていけないのではないか、と思い上がってしまうような、そんな声だ。

「……」

声が止まる。
見ると、組んだ腕に顔を埋めて、動かない。

(……泣いてんの、か?)

そこまでされるとは予想外だ。

(……ちいっと、やり過ぎたか)

視界にパタパタと落ちてくる涙の粒が、やり過ぎてしまった事を裏付けている。
……そこまでするつもりは無かったのだが、後悔するのはもう遅い。
影から腕だけを出して、その小さな身体に触れる。

「……!ふ、」

呼びきる前に、その口を塞いでしまう。

「……どうした、にいちゃん。……泣いてんのか?」
「……っふえ……いるんじゃないか……!」

頬に落ちてくる涙はさっきのよりも大粒のものばかり。
堰を切ったかのように、流れを止める事がない。

「また……忘れていくのかって思った……」
「また?」
「前の……迷い道のとき……」
「……ああ」

『個魔の事を思い出す』
それが抜け出る条件の迷い道というげぇむ。
……今思い出しても悪趣味な事この上ない。それはどのげぇむにも言える事だが。

「俺のこと忘れたくないのかい?」
「……」

無言は肯定の印、なんて都合が良いだろうか。しかし、間違ってはいないはずだ。

「可愛いねぇ、にいちゃん」

上半身を影から出して、抱きしめる。
空っぽの己では、体温を感じる事も出来はしない。

「不壊……」

けれど、それに似た何かが空っぽを埋める様に満たしていく。
何よりも大事な、俺の主。それが腕の内にいるのだから、当たり前だ。

「そんな心配なんぞしなくとも大丈夫さ」

苛めたいと思う、守りたいと思う、忘れたくないと思う、忘れて欲しくないと思う。
個魔という役割を越した、出過ぎた感情の群れ。

「にいちゃんが思ってる以上に、俺はシツコイ男だからな」

残る涙の跡をなぞって、その表情を焼き付ける。
空っぽだろうと、それ位は抱えていられるに違いないのだから。

「たとえにいちゃんがまた俺を忘れちまっても」

今度は、俺から呼んでやればいい。たったそれだけの事なのだと俺は知ってる。