幸せは簡単に奪っていく
階段から落ちた。瞬間、一体何が起きたのか自分でもよく分からなくて、数十秒間経ってコパッチの兄貴達がやってきてやっと状況が分かった。
自分は足を踏み外して階段から落ちたのだ、と。
「破天荒どうしたー?」
「怪我してないかー?」
わらわらと俺の周りがコパッチの兄貴達で埋め尽くされていく。
「……あ、ええ、はい。大丈夫、です」
と言いつつも、コパッチの兄貴達に当たらないようにしながら立ち上がった瞬間、右足に痛みが走る。
「……っ、」
「あ、破天荒けがしてるじゃねーか!」
「だ、大丈夫ですよ。これくらい」
「手当だー!救急箱ー!」
俺の制止を振り切って(数的に止められる訳もないけれど)コパッチの兄貴達は俺の脚に湿布を貼ってくれた。
大変申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、何となく嬉しくもあった。
――今日は何の当番にもあたっておらず、特にすることも無い。
俺は何となく少し開けた草原でぼーっとしていた。
「……」
湿布のお陰で足は随分楽になった。
しかし、コパッチの兄貴達にカッコ悪い所を見られてしまい、それを聞いた若頭にはしっかり笑われてしまった。
でも、俺にとってこんなことはもう、とるに足らないことに過ぎない。
「お、破天荒」
声のした方向を向くと、そこにはおやびんがいた。
「おやびん……」
「お前階段から落ちたらしーじゃん」
コパッチ達から聞いたぞー、と言っておやびんは屈託なく笑う。
笑うおやびんが俺は、好きだ。
「はい……。情けない話ですけど」
あの時階段から落ちた原因はひとつだけしか無かった。
「幸せすぎて、足元見てませんでした」
俺の脳味噌が幸せに侵食されて、働かなかったから。だから落ちた。
「幸せ?」
俺の答えは予想外だったのか、おやびんはキョトンとしている。
「はい、幸せです」
「何が?」
「俺が、おやびんのものになれたからです」
「俺のもの……?」
「そうです。おやびんは『愛してる』と言った俺を受け入れてくれました。だから、俺はおやびんのものです」
俺の中にそれ以上の幸せは存在しない。存在する筈が無い。
「……お前、今幸せなのか?」
「勿論です!」
力強くそう言った俺を、おやびんはどう思ったのだろうか?
「ま、お前がそう言うなら幸せなんだろーな」
それは分からないけれど、おやびんはただそう言って、俺の横に座ってくれた。
ああ、俺はなんて幸せ者なんだろう!
――俺はやっぱり、あなたさえいればいい。
例え何かを失ったり奪われたりしても、それは俺にとって不変の真理だと、確信した。