白黒的絡繰機譚

夢、幻の如く儚く消えよ

夢を見たのだろうか。そう思って、いや違うと頭を振る。
そんな可愛いもんじゃない。
ああ、早く身体から、頭から、心から、記憶から消えてしまえ!

「……」

大きく息を吸う、吐く。
心拍正常。何の問題もない。落ち着いてないのは気分だけだ。

「……最悪だ」

冷や汗と脂汗のつたう自分の身体。
掌を見ればじっとりと濡れ、細かく震えている。

「最悪だ……」

夢なんて、気にしたことはなかった。
それなのに、今回ばかりはそう言って忘れ去ってしまうことができない。
それどころか脳内にこびり付いて離れない。
しかも頭の中で何回も繰り返されて、気が狂いそうだ!




――夢の中で、俺は今みたいにベッドの中にいる自分を、上から見つめていた。
意識が浮いているからか、自分はただ寝ているだけ。
それだけの夢のはずだった。声がするまでは。

『入るぞ』

ただただ自分を見つめるだけの、退屈極まりない夢の中へ響いてきた異物の声。
それはこれが夢だということを決定づける。
聞きたくて、聞きたくない声だ。見たくて、見たくない人物だ。
俺の願望の表れでしかない。だからこれは夢だった。
紛れもない、悪夢だった。

『寝てるのか……?』

身体は眠り続けて、異物に気づく気配は微塵も無い。
俺は夢だと分かっているのに、ひたすら平静を欠いていく。
その間にも、異物は身体へと少しずつ近づいて行く。
近づく気配にも、足音にもやはり身体は無防備で、気づかない。
もしかしたら、自分がここに存在する為に無防備なのかもしれない……そう思い身体に近づこうとするも、自分の位置が変わることはなく、

『お前らしくもない。こんなに近づいても起きないとは』

――異物が枕元に到着してしまった。
それを追い払うことも、身体に戻ることもできない俺はただ見ているだけ。
スプリングが軋む音が、はっきりと聞こえた。
異物と身体の距離が近づいていく。
二つが、重なる。
コマ送りの様にはっきりゆっくりとそれを見つめる俺は、どうしようもなくて、
――そこで叫んで、目が覚めた。




夢を、見た。
しかし見たのは夢というにはあまりにも酷い己の醜い想い。
嗚呼、どうかどうか、溢れ出す前に、想いよ消えてくれ。
夢でしか現れないこの願望が、どうか口から飛び出る前に。