白黒的絡繰機譚

クリアブルー

「ありがとう」

そう言った、アイツの表情が、どうしても離れなくて。

「クソッ」

拳をまた打ちつける。ずっと、何度も繰り返している。
何か特別な事をした訳じゃない。ただ、そうしないと気がすまなかった、それだけだ。
行動原理はそれだけだった。
それなのに、どうしてこんなに落ち着かないんだ。

『ありがとう』

何度目かわからない。思い出したくなんかない。
けれど、どうしても離れない。
アイツの、あの声が、あの表情が、どうしても、離れない。

「ちくしょ……」

それが、どうしてか悔しかった。負けた訳じゃない。
……いや、もしかしたらコレは、負けた方がましだったのかもしれない。そう思ってしまう。

「…………」

そんな事を思うなんて俺らしくない。
わかってる、痛い程自覚している。回路もコードも焼けてしまいそうなほどに。
それでも、そう思わずにはいられない。
そもそも、悪いのはアイツだ。
どうしてあの時、手を差し出したりしたんだ。
どうしてあの時、俺をそのままにしておかなかったんだ。
要らなかった。
気遣いなぞ欲しくなかった。特に、お前からだけは、絶対に。
……それなのに。

『フォルテ、大丈夫……?』

近づく腕。まるで、非戦闘用のような、忌々しい。

『……っ、構うな!俺は、お前なんかに……!』
『でも、僕の所為だし……ごめんなさい』

揺らぐ表情が、俺の何かを撫でていく。

『だから、フォルテ、嫌がるかもしれないけど……大人しくしててね』

担がれる肩。振り払えなかった、何故か。

『な……っ!放せ!』
『駄目だよ……僕の所為だもの。責任、取らせて』

弱い癖に、有無を言わさぬ声。
……そのまま、引きずられるようにして、修理された。
終わってすぐ、動作確認も禄にしないままに飛び出して、今だ。
アイツにそういう扱いをされたことが許せなかった。まるで借りを作ったみたいで気に食わなかった。
だから、ああした。
それだけなのに、どうしてこんなにも離れないんだ……!

『……やる』

投げたのは何処にでもある青い缶。見飽きた、なんの変哲もない。

『え……?』

手元とこちらの間を交互に動く視線。また、俺の何かを撫でていく。

『……フォルテ』

そうして最後にこちらに定まった視線と、

『ありがとう』

……まだ、その時の言葉も表情も、離れないまま。
この落ち着かなさの根本も、分からないまま、俺は。