ぼろぼろ
振り返ると後ろに立っていたソイツは、驚く俺を見て愉快そうに笑って言った。「見ぃつけた」
愉快そうに、嬉しそうに、楽しそうにそう言ったソイツはゆっくりと俺に近づいてくる。
「……来るな」
捕まる。
そう思って咄嗟に身構える――敵いもしないのに。
「来るな? 酷いねぇ……折角見つけてやったのによ」
何が折角、だ
こっちは必死で逃げてきたというのに……、それなのに、何故、こんなに簡単に見つけるんだ。
……理由なんて、本当は分かっている。コイツの能力にかかれば、それこそ地の果てに逃げたって見つかるだろう。
「来るな……!」
声が震える。冷静に振る舞えない。動揺している。
それもこれも、コイツの所為だ。
俺という確立されたものがボロボロと崩されていく。
「ヤダね」
ホラ、まただ。
俺の言葉はほとんど拒否される。自分の言葉は拒否するなと言う癖に。
……だから、逃げだした。
俺を、自分を守るために。好きなものを壊さないように。
なのに、なのに、何故、
「なんで……何で俺を追うんだ……!」
そう問うと、アイツは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに先ほどよりも更に笑みを深くしてこう言った
「欲しいから」
たった一言の簡潔で、傲慢な理由。
そんな理由でコイツは俺を崩していく。
「嫌だ……来るな……」
そんな理由で、崩されたくない。
「嫌? じゃあ言い方を変えてやろうか」
「止めろ……!」
もうこれ以上、俺を崩すな。頼むから近づかないでくれ!
でも、俺の願いをコイツは聞いてくれない。
逃げようとした腕を掴んで、腰を掴んで、顔を寄せて、勝手に聞きたくもない言葉を囁く。
「愛してるぜ、ジェミニちゃん」
たった一言の簡潔で、傲慢な理由。それを免罪符にして、コイツは俺を崩していく。
「…………」
もう俺はその言葉に反論することも、拒否することも出来ない。
それはコイツの所為で今まで絶対だった俺の価値観がボロボロに崩されているから。
きっと、俺は近い将来コイツの言葉にコイツが望む返答をするようになるのだろう。
そうなるように、崩されていっているのだ。
その所為で、もう、そうなることが幸福なんじゃないかと錯覚するくらいに崩れているのだから。