白黒的絡繰機譚

すり抜ける

床にばら撒かれた砂糖をじっと見つめる。
何の変哲もない、ただの砂糖。
容れ物からこぼれて、机からこぼれて、床に散乱している以外は、特に何の変哲もない、ただの砂糖。
それ以外の何物でもない、あるはずもない。
それなのに、それなのに、それなのに。

(どうして、なんだろうか)

自分は幸せだ。
これは事実、不変の真実。
未来永劫変わること無い、約束された真実。
それなのに、それなのに、それなのに。

(怖いんだろうか。それとも?)

床に散らばった砂糖をずっと見つめている。
それは貴方のやったことで、見つめているという行動自体は良くあることだ。
けれど、それなのに、それなのに。

(……やっぱり、怖いんだろうか)

それは今が幸せすぎるから。
幸せは周りが見えない程に浸ってしまえばいいのだけれども、少しでも他が見えてしまえば不安を煽る。
幸せは、怖い。
けど、手放す気にはなれない。
そう思っていても、多分きっと、近い未来か遠い未来かに、きっと。

(貴方は……おやびんは、俺からすり抜けていく)

俺の手には、腕には、納まりきらないことは、分かっている。
この床に散らばった砂糖みたいに俺の手からすり抜けていくに違いない。
どんなにかき集めめようとも、全てを元に戻す事なんて出来やしない。
俺はおやびんが何よりも大事だけれども、おやびんが俺をどう捉えているのかは分からない。
別に、俺を何よりも大事だなんて思って欲しい訳じゃない。
勿論そうだったら嬉しいけれども……。それはきっと、おやびんらしくないから。
俺が好きなのは、何よりも誰よりもおやびんらしいおやびんだ。
だから今、俺がここにいて、誰よりもおやびんらしいおやびんの傍にいられる。
それが、とても幸せすぎて、困る。

(でも、きっと、だからこそ、すり抜けていく)

例えば、この砂糖が散らばった様に。
例えば、散らばった砂糖を全て拾うことが出来ないように。
例えば、貴方がこの砂糖への興味を既に失ったように。
俺の好きな、俺の愛する貴方は、俺の手には残らない。
それが、俺の知る、おやびんだから。

(だから、せめて、その時には)

『勝手にすりゃあ良いじゃねーか』と多分言ってくれると思います。
女々しい態度に呆れると思います。
でも、この場所で貴方を何時までも待つことを、告げても良いですか?